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全国民必読!「オールド・ボーイ」の衝撃、じわり。あるいはミドの記憶のたったひとつの真実
ただの娯楽のはずなのにあまりの素晴らしさに驚いてしまって、その驚きのぶんが突き抜けた感動になる、という映画が、たまにある。エイリアンがそうだ。ブレードランナーもそうだ。ローマの休日もそうだ。キックアスもそうだ。「オールド・ボーイ」もそういう「奇跡の一本」だと思う。編集の、絵と絵のつなぎ方に独特の妙なセンスがあって、まあ狙い過ぎ感がわざとらしいと言えばわざとらしいんだけど、狙ってやれば誰でもできるかというと、やっぱり褒め称えるしかない。「チェイサー」も「グエムル」も良かったけど、「オールド・ボーイ」の凄みは一桁違う。それにしてもどうして日本人には「オールド・ボーイ」「チェイサー」「グエムル」程度のエンターテイメント映画が撮れないんだろうか。ああ、悔しい。見てない方はぜひ、予備知識なしで観てください。以下はネタバレです。エディタにコピペして読んでください。

◆ ◆

この映画が如何に素晴らしいか、について書くのは荷が重いので、遠慮する。代わりに、ミドの記憶について考えてみたい。デスは15年前に何者かに拉致され、理由もわからず15年間監禁され、今日、理由もわからず解放された。たまたま入った寿司屋で、ミドという名の若い女の板前に出会う。このミドとデスが、実は親娘だった、というのがこの映画最大の、衝撃のオチだ。オチだから、もちろんこの時点では観客にそのことは明かされない。もちろん本人同士もそのことを知らない。しかし。

親娘だということは、ミドの父親は15年前に突然失踪し、それきり行方不明ということだ。いま目の前に、どことなく見覚えがあるような無いようなおじさんが現れ、理由もわからず15年間監禁されて餃子を食わされてた、と言う。理由もわからず15年間監禁、って、尋常じゃない話ですよ。えっ、15年? 何故? それで? 以前はどこに住んでたの? ご家族は? 警察には行った? とかなんとか、次々に疑問が浮かぶうちに、自分の父親が失踪したのも15年前だったという事実に、その意味ありげな符合に、はっとしないのだろうか。

さらにそのおじさんに「監禁されてからしばらく後に妻が殺された。ニュースで見た」と聞かされても、ミドは、父の失踪後に殺害された母親と重ねて考えることはない。ミドは、ぼんやりさんなのだろうか。それにしても衝撃のぼんやりさんぶりだ。

その後、おじさんの娘の消息を辿るべく、おじさんの住んでた家の近所の、小さな時計屋を訊ねる。おじさんの住んでた家というのは、幼少時のミドが住んでた家だ。なのに、え、私もこの辺なんだけど、とはならない。時計屋のおばさんに、「ああ、あの娘なら5年前に電話して来て、父親の消息を訊かれたよ」と言われても、自分が電話したことをすっかり忘れている。おかしい。おかしいが、まあしかし、そこまではいいとしよう。ミドは不幸なトラウマを抱えた不幸な少女なんだから、記憶にフタをしているのかも知れない。

だけど「ストックホルム」はダメだ。それはさすがに気付かないと、ヘンだ。えっ? ストックホルム? 私もストックホルムなんだけど、と。

僕は名古屋生まれなので、名古屋出身だという人に会うと、「あ、僕も名古屋です」みたいな反応をする。名古屋という、国内では比較的メジャーな地名ですら、人はそういう反応をする。船橋の人だって、東京で、船橋出身だという人に会えば、「え、オレも船橋っす」ってなるでしょう。船橋という、首都圏ではメジャーな地名ですら、人はそういう反応をするのだ。これがストックホルムだったらどうですか。「えっー!!!、オレもストックホルムで育ったんっすよっ!!!!!」という具合に、かなり強い情動が呼び起こされるはずだ。名古屋や船橋はありふれているけれど、ストックホルムは決定的に珍しい。それに気付かないという設定は、あり得ない。

幼少時に父が失踪し母は殺され、ストックホルムで医師夫妻に育てられた韓国人の少女・・・え? ちょっと待って。私も5歳からストックホルムなんだけど。その子、いくつ? 19? え? 今どこにいんの? わかんないの? え、私もお母さん殺されてんだけど。え? お父さん失踪してんだけど。え? 4歳の誕生日。え? うん。15年前。え? それって私じゃね? あ、電話。国際電話。そういや中学ん時、夏休み、韓国に電話したわ。それ私だわ。おばさん、おばさんと電話で話したの、私だわ。ってことは、え? 何? アジョシがアボジじゃね? と。


◆ ◆

いったいどういうことなのか。僕が思いつく可能性はよっつある。

1)ミドは生まれてから十数年間の記憶を失っている。

2)催眠術で、偽の記憶をインセプションされている。

3)そうじゃなくて、5年前に時計屋のおばさんにかかって来た電話の方が、
  ウジンの偽装工作。実際のミドはストックホルムなんか行ったことない。

4)そうじゃなくて、クライマックスの、例のアルバムこそがウジンの偽装工作。
  実はふたりは親娘でもなんでもない。

1はいちばん自然な設定だが、だとしたら、映画として、がっかりだ。記憶がないにも関わらず、それを隠し設定として、「私、記憶ないの」的な台詞がないなんて、卑怯じゃないか。ミドが幼少期から最近までの記憶を失なっていて、ただ気付いたらソウルで板前修業してたんだよ私、と聞かされれば、おっさんだって(というか観客だって)何かを察知したはずなのに。例えば「到底不可能と思われたミッションが魔法のようにあっさり成功する映画」について監督に質問したところ、「ああ、あれはね、実は警備員が全員難聴で盲目、っていう設定なんだ。ただそれは隠し設定で、映画の中では特に説明してないけどね」なんて抜かしやがったらどうですか。そりゃ卑怯だろう。だから1は却下。だから、2か3か4だということになる。

2と3を比べてみよう。3は面白くて鮮やかだけど、だとしたら「4歳の誕生日に父親が失踪した。その後母親を殺された」ことは覚えてるわけだから、やっぱりふつう、思い当たるんじゃないか。無理がある。却下。じゃあ、2か。でもなあ・・・2だったら、最後にウジンが勝ち誇って真相を語るくだりで、少しは触れて欲しい。

「じゃあ、ミドは、ミドはストックホルムで育ったのか? そのことを忘れてるのか?」
「くっくっく、あっはっは、あーっはっはっは。ミドの記憶の中の両親、小学校、クラスメート、全部オレの創作なんだよ。ミドは記憶を失ってること自体に、気付いてない。オレが考えたミドのファーストキスがどんなんか、詳しく聞かせてやろうか? キス以外にもね、くっくっく・・・」

みたいな。そういうの、ちょっと欲しくないですか(説明的過ぎるか?)。
しかし、じゃあ4か、というと、4はいくらなんでも肩すかし感があり過ぎるし、「じゃあ、なぜウジンはミドを選んだか」について、年齢性別以外には必然性が何もないことになる。つまらないので却下。僕としては結局、2だと考えることにしました。いや、他の解釈も可能だ、と思われる方は、教えてください。


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さらに後記。説3に転向します。ミドは父の失踪と母の惨殺のショックで、前後の記憶を失っている。しかし大人になれば、5歳以前の記憶がない、なんてことは珍しくもなんともない。子供の頃はフラッシュバックに悩まされた不安定な日々もあったかも知れないが、事件を忘れたい、という潜在意識も手伝い、今となっては5歳からの育ての親を実の両親だと思い込んでいて、記憶喪失の自覚は全くない。ストックホルム云々はウジンが趣味に走って作り上げた創作ストーリーで、5年後にふたりが聞き込みに回りそうな家何軒かに、女優の卵か何かに小金と台本渡して電話させた。ミドはストックホルムなんて行ったことないし、育ての親は医師でもない。というわけでミドは何ひとつ気付かない・・・これでいいじゃないか。どこにも破綻のない、自然な設定だ。
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by nobiox | 2012-04-05 20:35 | ├映画 | Comments(1) |
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