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中里篤史(巨人)、中継ぎで中日戦に初登板、2失点。
502 名前: 燃えよ名無しさん Mail: sage 投稿日: 2010/07/27(火) 20:51:30 ID: z+6+Lj/Q0
で、俺の中里はどーだったん?聞くのが怖いけど

521 名前: 燃えよ名無しさん Mail: sage 投稿日: 2010/07/27(火) 20:51:58 ID: HSE8ZMWg0
>>502
俺たちの中里は俺たちの胸の中にいる

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by nobiox | 2010-07-28 12:43 | ├野球 | Comments(0) |
スラムダンク
 帰宅部だったんだが、なんとなくバスケやってる奴がかっこいいと思って、友達と二人で某スポーツ店にオリジナルのジャージを特注した。背中には架空の高校の名前、腕には自分の名前がはいってるやつ。それを着て県予選の会場に乗り込み、わざと目立つ通路で観戦してた。(すでに全国出場を決めて、他県の代表を視察に来たという設定)
 壁によりかかりながら、人が近くを通る時を見計らって
俺「なかなか面白いチームだな・・・」
友「ああ・・特にあの7番」
俺「お前と同じポジションだな。どうだ?止められそうか?」
友「さあな・・・・」
俺「おいおい・・・エースがそんな弱気でどうすんだよ」
 こんな感じのやりとりを繰り返した。たぶんカッコよかったと思う。
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by nobiox | 2010-07-27 18:23 | ├2ch文学 | Comments(0) |
会田誠『カレー事件』後篇
(承前) 実家に着いて2日目、姉一家4人がタ食を一緒に食べにやってきた。

姉は母と険悪な関係にあり、近所に住んでいるにもかかわらず実家に滅多に顔を出さない。それでも、会田の息子・寅次郎(6歳)が、いとことの再会を楽しみにしていたこともあり、久しぶりの一族再会が実現したのだ。会田は半日かけてカレーを作った。自信作だった。

カレーを盛りつけていると、隣の和室からけたたましいベルの音がした。寅次郎が父の枕元の目覚まし時計を鴫らしたのだ。父は寝たきりというわけではないが、介護用べッドでウトウトしていた。機械キチガイの寅次郎はアナログ時計が珍しいのか、昨日も何度も無意味に鴨らし、母にたしなめられていた。隣を覗くと、母がベッドの脇で寅次郎の髪を掴み、引きずり回している。

「何度言ったら分かるんだ! 可哀想なおじいちゃまを唐めるな!」
 それに対して寅次郎は、
「おばあちゃんなんか大っ嫌いだ! みんな大っ嫌いだ!」
 と、顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら叫び、応戦していた。おそらく寅次郎は夕飯の支度ができつつあり、おじいちゃんを起こすつもりもあったので、叱られることが納得いかないのだろう。
 姉が「もうそれぐらいでいいでしょ」と母を制止しようとするが、
「ぜんぜん反省していないじゃないか! おばあちゃんは厳しいんだぞ!」
 と、まったく手を緩めようとはしない。寅次郎はますます油を注がれた火のようになり、
「みんな死んでしまえ!」
「こんな家なんて燃えてしまえ!」
「パパとママなんか離婚してしまえ!」
 などと、知っている限りの激烈な言葉を喚き続け、僕ら夫婦には日常的な、無限の逆ギレ状態に突入していった。

 騒然として憂鬱な時間が、このままエンドレスかと思われるほど続いた。しかし実際はほんの数分間の出来事だったのかもしれない。

 妻が「別室できちんと言い聞かせますので……」と母に言い、泣き暴れる寅次郎を強引に抱えて二階に上がり、ひとまず鼓膜破りの音源は遠ざかった。
 すると今度は母と姉の、子供の教育を巡るねちっこい口論が始まった。
「お母さんは子供の教育ってものが何も分かってないのね。あんな言い方で子供がちゃんと育つと思っているの?」
「みんな適当に、その楊しのぎに誤魔化しているだけじゃないか。本当の教育はそんな甘っちょろいもんじゃないんだ」
「バッカみたい。あなたが昔教師をやってたなんて、まったく信じられない!」

 ところで、母が教育的に叱責する時の言い回しや発音の調子は、(中略)どこか演技じみて、板についていない。(中略)だから内容の正しさや妥協しない徹底性や声量の大きさにもかかわらず、その言葉は僕の心にさほど響かなかったし、寅次郎の心にも響かなかっただろう。(中略)
 そんな母の「不自然なパフォーマンス」の、今回は特にタイミングが唐突だった気がする。それは、母がその観衆として第一に当て込んでいた姉がそこにいたからではないか、と僕は睨んでいる。(中略)分かりやすい母の反動形成である姉は、まったくすれ違いの教育論を母と口汚く交わし、怒りのボルテージをマックスまで上げた末、
「アタシこの人嫌いだから」
 という捨て台詞を僕に向かって言うと、そのまま足早に玄関から出て行った。そしてそのまま本当に帰ってこなかった。

 残された実直な郵便局員の義兄は、諦めたような悲しいような複雑な表情はしていたが、自分の妻と義母のこういう関係にはすでに慣れっこらしく、特に勤揺する様子もなく食卓に座り続けていた。中学1年生になった上の姪は、手で顔を覆い声を押し殺し、ずっと泣き続けていた。

 母はいつまでもブツブツとひとりごちながら、「自分こそ正義と信念の人」という演技を、最初の方針通り自動的にやり続けていた。もはや壊れたロボットだった。父親のリアクションは記億にないが、(中略)
 そして僕はといえば、またしても痛感することになった。——この母に育てられた、この徴妙に最悪な家庭で育った僕という人間は、おそらく一種の失敗作なんだろうな、と。無差別殺人鬼になるような露骨な失敗作ではないけれど、精神のベーシックな部分が、僅かかもしれないが確実に腐敗していることは、もはや僕には自明のことだった。

 そんな自分の「プチ病気」を、誇張したり変形したり、手を替え品を替え晒すことで、僕はアーチストという稼業を成り立たせている。そのことを再確認するための帰省だったのかな——と、ライスに盛られた本格カレーが冷えて固まり、艶を失っていくのを眺めながら、僕はぼんやり考えていた……。

おしまい。映画化するなら、姉の旦那には手塚とおるを希望する。
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by nobiox | 2010-07-27 14:28 | ├読書日記 | Comments(0) |
「グエムル」
監督: ポン・ジュノ
キャスト: コ・アソン(女子中学生), ソン・ガンホ(冴えない父), パク・ヘイル(元・民主化運動の闘士), ペ・ドゥナ(魔弾の射手/銅メダリスト), ピョン・ヒボン(老賢者) / 2006年
★★★………おもしろかった

ネタバレです。






















1)白昼いきなり怪物登場→大暴れ→姫がさらわれる
2)冴えない一家が姫を奪還すべく、怪物の巣を探す
3)政府と米軍は怪物を瞬殺すべく、エージェント・イエロー作戦を準備
4)怪物は姫を咥えて巣を出て、上記作戦渦中へ登場
5)イエローを浴びて怪物瀕死→父が口中から姫救出
6)何故か怪物復活、火炎瓶使いと射手の活躍で倒す

という話。エージェント・イエローというのは、米軍が持っている対テロ用の恐るべき化学兵器。米軍がベトナムで使った枯れ葉剤のコードネームが「エージェント・オレンジ」だったそうで、「エージェント・イエロー」は、それを踏まえての当てこすりらしい。

1から6のうち、時間的に大半を占めるのは「2」だ。したがって1行で要約するならば「冴えない一家が怪物の巣を探す映画」と言える。ところが、怪物は何故か結局姫を咥えて巣を出て来て、まさに米軍が待っているその場所へ、まさにそのタイミングで上陸し、エージェント・イエローを浴びて瀕死のゴキブリみたくなり果て、そのおかげでその場所で姫の奪還となる。つまり展開上「2」の全体が、ほとんど全く要らねーじゃん、巣カンケーねーし、なんだそりゃ、ということになっている。残念だ。

4→5もむちゃくちゃご都合主義でどうしようもないが、その後の、5と6のつながりもかなりおかしい。6は漫画的ケレン味に満ちた、じつに格好良いシーンなので、これを撮りたい心理は当然よくわかるんだが、さっきまで瀕死でひっくり返っていた怪物が、まるで5が存在しなかったかのようなベストコンディションで、まるで5が存在しなかったかのようないきなりの至近距離から、改めて一家と戦うので驚いてしまう。なんだそりゃ。むしろ3、4、5を削って

1)白昼いきなり怪物登場→大暴れ→姫がさらわれる
2)冴えない一家が怪物の巣を見つけ出し、危機一髪で姫を救出
3)その後、ライフルと火炎瓶と射手の活躍で怪物退治

あるいは

1)白昼いきなり怪物登場→大暴れ→姫がさらわれる
2)冴えない一家が怪物の巣を見つけ、ライフルと火炎瓶と射手の活躍で怪物退治
3)ラスト、ギリギリ危機一髪で姫を救出

という骨格にした方が、ずっと説得力出たと思うんだけど。

あと、これはこの映画に限らず、アクション映画とかチャンバラ映画とか全般についていつも感じることだけど、効果音がやり過ぎで嫌だ。怪物の足音とか。咆哮とか。ロボコップやトイストーリーならチープな効果音も似合うだろうが、どうしてこうもどいつもこいつも同じようにやるのか。ナイフを振り回せば「ビュッ」だとか。あんな音しねーって。テレビの「カワイイ動物バラエティ」みたいな番組でも、シロクマのチビちゃんがよたよた歩く絵柄に重ねて「ピョッ・ピョッ」だとか、エサを食べれば「ペログリシャウッ」とか、いちいちポストペットふうな効果音をつける。やめてくれ。押しつけがましいんだよ。

それと、1で、怪物が走り、人々が逃げ惑うわけだけど、怪物に追い抜かれた人もまだ同じ方向にみんな走ってんの。あり得ないだろう。まあ怪物の画像は後から合成したんだとすると、ある程度は仕方ないのかも知れないが。

さらにどうでもいいことだが、怪獣が食料保管庫に大量の食べカスを吐き出す場面がある。ありゃないんじゃないか。わざわざ確保しておいたエサの上にわざわざ排泄物をまき散らすなんて、アリだってモズだってビーバーだって、そんなことはしない。食べカスなら川に流せばいいじゃん。

と、悪口ばかり書いたが、しかしそれでも、欠点を補って余りあるというのはこういうことを言うのだろうか、けっこう面白かったです。もう言いたいことは書いてしまったので、どこがどう面白かったかくわしいことは省略するけど、さまざまな定型的お約束に、はまってないことから生じる、妙な生々しさがいいと思う。例えば最初にグエムルを発見した群集は、少しの危機感も持たず、まるでタマ川でゴマフアザラシを見つけた人々のようにはしゃぎ、エサを川に投げ込み、与えようとする。おいおい投げ過ぎだろ、というぐらいに投げる。スルメとかソーセージとかスナック菓子とかを投げる。その、漫画版「GANTZ(の初期)」にも通じる「実感の希薄さ」が、ひどく実感的だ。微妙な怪作だが、快作。
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by nobiox | 2010-07-26 19:41 | ├映画 | Comments(0) |
フィレオフィッシュ
 数年前、マクドナルドでバイトの女の子に対して通常とは逆の順番で注文したらどうなるか試した人がいた。 つまり「店内で、バニラシェークのMサイズと、マスタードソースのナゲットとポテトのSサイズとチーズバーガー下さい」という風にね。
 すると、レジの女の子はすっかり頭が混乱してしまって、何度も注文を聞き返し、おまけに最後に「店内でお召し上がりですか」と聞いたそうだ。面白い。そこで、俺も試してみた。

「店内で、ペプシコーラのMサイズと、ポテトのMサイズ、あとフィッシュバーガーをお願いします」
 バイトの女の子は顔を挙げて言った。
「あいかわらずの性格ね」
 別れた彼女だった。
「僕らの時間も逆にたどれないかな?」
 突然泣き出す彼女。
「おい、いきなり泣くなよ。こんなとこで・・・・」
「ごめん。でも逆にたどるなら、始まりは涙でしょ?」
 俺はまわりの目も気にせず、彼女にキスをした。

・・・やはり、「俺」より「僕」の方がいいかも知れない。
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by nobiox | 2010-07-24 23:17 | ├2ch文学 | Comments(0) |
会田誠『カレー事件』前篇
会田誠著『カリコリせんとや生まれけむ』は、「カレー事件」というエッセーで始まる。

 今、新潟に帰省している。
 すでにかなり高齢といえる父が、半年ほど前にアルツハイマーと糖尿病の症状が一気に出てきてしまい、急激に衰え始めた。父がそうなった直後に、かなりパニクった母から連絡があり、一人で1泊だけ、慌ただしく帰省したことはあった。しかしそれ以降は大きな展覧会の準備に追われ、なかなか時間が取れなかった。ようやくその展覧会も終わり、今回は妻子を連れて数泊の帰省となった。
文章うまいですね。初期の会田誠の傑作に「あぜ道」という絵があるが、あれは、新潟の風景だったんだねえ。この「父」は元・大学教授。「母」は埋系の大卒で化粧っ気のない短髪でウーマンリブのシンパで元・中学教師。

両親共々左寄りのインテリリベラルと聞くと、それだけで「うらやましい」と本気で思ってしまうところが僕にはある。しかし会田誠には、そういった左翼幻想がほんの一片もない。父については
「愚かな目本国も人類もこのままでは滅びるだけだ」といった趣旨の、発言(ほとんど独り言)は相変わらずだったが、ニュアンスは「怒り」から「諦め」にトーンダウンしつつあった。冷酷な息子である僕は、三流インテリだった頃の定番めいた社会的愚痴と、自らの肉体の滅亡という認識が、脳の中で混濁を始めたんじゃないかと疑っているのだが。
と冷たく書き、母については
母が教育的に叱責する時の言い回しや発音の調子は、どこかおかしい。これは僕が子供の時からそうだった。語尾が不自然な男言葉になりがちで、声の調子も野太くなるのだが、どこか演技じみて、板についていない。例えば『奇跡の人』のサリバン先生のような「理想的で厳格な教育者」を、演じようとして演じきれない大根役者のような感じがするのだ。昔は母としての、現在は祖母としての、慈愛を奥に含んだ自然な威厳というものが、そこにはまるでない。(中略)こういうのが「母の崩壊」「母性の喪失」というやつなのだろうか。戦後民主主義がスタートした時代に女学生だった母は、世代的にど真ん中だった気がする。
と、さらに冷たい。会田誠の姉は、実家から歩いて行ける距離に往んでいるが、
姉は思春期の頃から母に反発心があり、特に自分も二児の母になってからは、さらにはっきりと「アンチ母」の意思表示をするようになったらしい(らしい、と書くのは、僕と姉の関係も良好なわけではなく、お互いにお互いのことに無関心な冷めた関係で、姉から直接聞いたわけでぱないからだ)。
という感じ。

全体としては「インテリ左派の両親に育てられた僕には、人間的に欠損がある。姉も同じ。僕みたいな欠陥人間に育てられている僕の息子寅次郎も、同じ」という、救いのない話だ。誰か映画化してくれないだろうか。監督は本谷有希子を希望する。(後篇に続く)
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by nobiox | 2010-07-24 22:40 | ├読書日記 | Comments(0) |
2010年W杯南ア大会 - 金子逹仁03
■2006年W杯後(オシム就任直後) / 金子逹仁 談



「大前提として、代表チームを強化する、っていう発想が僕はもう、根本的におかしいと思うんですよ。代表チームというのは、勝つ、だけ(「ため」?)。だから、すごく、不思議なのは、オシムに、いいサッカー、日本人らしいサッカーを期待している人達ってすごい多いじゃないですか、意味ない、と僕は思うんですよ。大事なのは勝つこと。ヒディングに、韓国代表は韓国のサッカーを作ってくれって、頼んだのか。違いますから。勝つか負けるか」

  ↓   ↓  ↓

■2010年06月17日スポニチワールドサッカーJP / 金子逹仁

日本代表が、勝つためにはただ蹴っておけというサッカーをやってしまった。しかも、勝ってしまった。勝利に感動する子供たちに、今後どうやってボールをつなぐ大切さを教え直せばいいのか。(中略)勝ち点3と引き換えに、日本サッカーは大きなものを失った。日本=退屈。日本=アンチ・フットボール。この試合で張られたレッテルを剥がすには、相当な時間が必要になることだろう。(中略)こんなにも苦く、こんなにも悲しい勝利があることを、わたしは初めて知った。

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by nobiox | 2010-07-19 23:27 | ├野球以外 | Comments(0) |
2010年W杯南ア大会 - 金子逹仁02
■金子達仁『惨敗』 p.88(1998年)
 
いま、日本に夢はあるか。
フランスで勝つという夢があるか。
本大会での1勝1分け1敗を公言している岡田監督は、
少なくとも表面上は現実主義者に見える。
だが、私は彼にもっと大きな夢を見てもらいたいと思っている。
でなければ勝てない。
夢を持ち、夢に近づこうともがいている国には、勝てない。

  ↓   ↓  ↓

「遠すぎる目標『W杯4強』」 金子達仁(2010年02月12日)

岡田監督が「ベスト4」という目標を掲げた理由はよくわかる。
おそらくは彼も、過去3大会の失敗と成功の理由に、
目標の有無が関係していると考えたからなのだろう。
そのこと自体は、高く評価したい。
だが、遠すぎる目標は、時として人を萎えさせる。
むろん、志を高く持つのは悪いことではない。
ただ、同時に最低限クリアしなければならないノルマの設定も、いまの日本代表には必要だ。
今からならば、まだ間に合う。(スポニチワールドサッカープラス)

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by nobiox | 2010-07-19 23:01 | ├野球以外 | Comments(0) |
2010年W杯南ア大会 - 金子逹仁01「負けろ、日本」
■週刊朝日6月11日号(金子逹仁 / 南ア大会直前)

わたしにはもう思えない。なにはともあれ南アフリカでは頑張ってほしい、できるなら勝ってほしい、とは思えない。 選手生命を賭けて大会に臨む選手たちには本当に申し訳ないと思う。それでも、岡田監督の更迭がなされない限り、わたしは南アフリカでの日本代表の勝利を祈れない。むしろ、こう思ってしまう。 負けろ、日本。未来のために。

こりゃ日本ダメだろ、1勝もできんだろ、ああくそ最悪だ、ドイツまでの4年間をジーコに丸投げして無駄にして、また今度オシム以後の2年半を無に帰すのか、と、金子逹仁は思ったのだろう。それはいいと思う。この時点で、サッカーW杯に多少なりと関心のある日本人の90%以上はそう思っていたんだから。素直にそう書けばいいのに、いくらなんでも「負けろ、日本。未来のために」はないだろう。なんでそれほど無理矢理に、おおげさに、勇壮に、膨らませるんだ。

1)「最高の準備と最高の内容でグループリーグ突破」
2)「準備も内容も最悪だったが、結果はグループリーグ突破」
3)「いい準備と、いいサッカーをしたが、グループリーグで敗退」
4)「準備も内容も最悪、結果もグループリーグで敗退」

金子逹仁は、日本サッカーの未来のためには2よりも4の方が望ましいと言う。理由は、2だと反省がおろそかになるから。アホか。言いたいことはわからんでもないが、その帰結として選択する主張が、あまりにもおおげさで、トンチンカンだ。

どう考えても上記の1から4まで、この数字の順に望ましい。当然だろう。もともと日本国内のスポーツ人気は、国際大会の結果に大きく左右される傾向がある。柔道しかり、ゴルフしかり、野球しかり、バレーボールしかり、卓球しかり、ハンドボールしかり。サッカー日本代表が無様に負ければ、サッカー人気は下がり、スポンサーは撤退し、サッカー雑誌は売り上げを落とし、サッカー雑誌はスパイラル効果で広告収入を落とし、サッカー番組は減り、Jリーグの観客動員は減り、選手は自信とモチベーションを保つのが(比較的に言えば)困難になり、次期監督選考にも不透明感が漂う。負けて得られるものなど何もない。いや少しはあるだろうが、勝って得るものに比べれば少ない。なんと言っても勝てばW杯で経験できる試合数が増え、負ければ減るのだ。無論、W杯日本代表の試合の放映数も。

現に松井大輔は大会後のインタビューに「ここでダメなら、サッカーで仕事をしている人はメシが食えなくなる、という思いは共有していたと思うし、実際に現地にいたメディアの方とは、だんだん一体感が出てきたと思います」と答えている(サッカーマガジン2010.7.20号)。なんという切実な、危機感に満ちた、リアリスティック・シンキング。日本のサッカー人気が盛り上がろうが冷めようが、フランスリーグで飯食ってる彼には直接関係ないにも関わらず、彼は同胞の心配をしている。一方、まさに日本で「サッカーで仕事をしている人」であるはずの金子逹仁の「負けろ、日本」には、松井発言の持つリアリティの数パーセントも感じられない。

◆◆

で、W杯初戦。日本は勝ってしまった。内容は酷いもんだったが。「不屈のライオン相手に、とにかく、勝った。ただ内容は酷いもんだった」と、金子逹仁は思ったのだろう。それはいいと思う。僕もそう思った。素直にそう書きゃいいじゃないか。凄い。勝った。だけど内容は両チームとも酷いもんだった、と。しかし彼は、何故か無理矢理に、おおげさに、勇壮に、尾ヒレを膨らませる。

■苦く悲しい「つなぎ」なき勝利(金子逹仁 / 2010年06月17日)

 わたしが技術を重んじる少年サッカーの指導者だったら、頭を抱えている。普段からボールを大切にしろ、つなげと教えてきたのに、自国の象徴たる日本代表が、勝つためにはただ蹴っておけというサッカーをやってしまった。しかも、勝ってしまった。勝利に感動する子供たちに、今後どうやってボールをつなぐ大切さを教え直せばいいのか。(中略)

 皮肉ではなく、本心から思う。この勝利は、日本代表の勝利ではない。岡田監督の勝利だった。勝ち点3と引き換えに、日本サッカーは大きなものを失った。日本=退屈。日本=アンチ・フットボール。この試合で張られたレッテルを剥がすには、相当な時間が必要になることだろう。

 こんなにも苦く、こんなにも悲しい勝利があることを、わたしは初めて知った。(スポニチワールドサッカープラス)

日本が勝って頭を抱える少年サッカーの指導者。なんというリアリティ皆無の想像。そんな指導者、いないって。確かに日本は勝ったけど、オレらはあんなサッカーは目指さないよと、言いたいのであれば、ひとことそう言えばいいだけの話じゃないか。ひとことじゃ足りないなら、何度もそう言えばいい。サッカー小学生たちだって、「自陣に引き蘢って守備に徹すりゃよほどの強豪相手でもそこそこやれるんだよな、まあ、褒められたもんじゃないけどな。まあ今回は現実路線ってことでしょうがない面もあるけどね」「にしてもカメルーンお粗末だったよね」「あー、フィジカルの調整に失敗したんじゃねーの」くらいのことは、言われなくても思ってるんじゃなかろうか。(後記:岩佐徹さんという人が「この人の、なんでもギリシャ悲劇のような詠嘆調にしてしまう文章はもう読み飽きました。『もっとつなぐサッカーをやれ』と言いたいのでしょうが、普通にそう書けばいいのに」とブログに書いてるのを発見した。そうそう、それだ)

「日本サッカーは大きなものを失った」。そうか? これまでに、どんな大きなものを持っていたんだ?
「相当な時間が必要になる」? アホか。次戦か次々戦で素晴らしいサッカーでも披露すれば、それで一発だろう。
「わたしは初めて知った」? サッカーを何十年も見てきて、「釈然としない結果」もままあるという事実を、初めて知ったのか。んなわけないじゃん。何のためにそんなくだらない、低次元の嘘を吐くんだよ。金子逹仁を演じるためか。

というわけで、ここで金子逹仁に言いたいことはひとつだ。いちいち不必要におおげさなんだよ。

なんであれ少しでもおおげさに、極端に、扇情的に、ドラマチックに、鮮やかに、強く、明快に、わかりやすく言い立てた方が効果的だと、思っているのかも知れないが、だとしたら考え直した方がいいと思う。それは典型的な愚民思想(あるいは麻原彰晃主導のオウム思想)だ。最も効果的な言論は、最も扇情的な言論ではなく、最も「なるほど指数」の高い言論ではなかろうか。ここ数年の金子逹仁の発言には、総じて、あまりにもそれが低い。「派手な見出しで派手にかましときゃ、衆愚は恐れ入るだろ」とでも思っているように見える。あとは素敵ライフを示唆するグルメレポートと、権威を担保する旬のサッカー選手との交友録か。バカとしか思えない。

ここまでハゲしいことを書くつもりはなかったんだけど、書いてるうちに多少興奮してきて、こんな感じになってしまいました。あらためて考えるとオウム思想も確かに効果的だとは思う。現に、ひじょうに効果的だったらしいし。
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by nobiox | 2010-07-19 22:04 | ├野球以外 | Comments(4) |
2010年W杯南ア大会(1)
遠くで蝉の声が聞こえていた(嘘)。W杯ドイツ大会の記憶は、義父の三回忌と重なっている。あれから四年。三回忌から四年たつとどうなるか。七回忌があるんだねえ。四年ぶりに顔を合わせる姪は、大学生になっていた。

今回のワールドカップで感じた(まだ終わってないが)ことはたくさんあり、そのなかには例えば「金子達仁ってアタマおかしーんじゃねーの」というようなこともあるんで、4年以内に考えがまとまったらそんなことも書いてみたいという野望はあるんだが、もっと書きやすいこともある。例えば「ギリシャ代表選手の名前はすべて神話っぽくて雄々しくてカッコイイ」ということだ。「コンスタンティノス・ハルキアス」とか。すげー。「すべて」であるところが、特にすごい。

ハルキアス(Konstantinos CHALKIAS)
ツォルバス(Alexandros TZORVAS)
シファキス(Michail SIFAKIS)
セイタリディス(Giourkas SEITARIDIS)
パツァツォグル(Christos PATSATZOGLOU)
スピロプロス(Nikos SPIROPOULOS)
モラス(Vangelis MORAS)
パパドプロス(Avraam PAPADOPOULOS)
ビントラ(Loukas VYNTRA)
トロシディス(Vasileios TOROSIDIS)
キルヤコス(Sotirios KYRGIAKOS)
パパスタソプロス(Sokratis PAPASTATHOPOULOS)
マレザス(Stelios MALEZAS)
ツィオリス(Alexandros TZIOLIS)
カラグニス(Georgios KARAGOUNIS)
ニニス(Sotiris NINIS)
カツラニス(Konstantinos KATSOURANIS)
パリタス(Athanasios PRITTAS)
サマラス(Georgios SAMARAS)
ハリステアス(Angelos CHARISTEAS)
サルピンギディス(Dimitrios SALPINGIDIS)
ゲカス(Theofanis GEKAS)
カペタノス(Pantelis KAPETANOS)

ハルキ・ムラカミはギリシャに住んでるそうだが、ハルキは「CHALKI」と綴るんだろうか。

・ちなみにフィンランド人の苗字に多い「〜ネン」というのは「〜する人」というような意味で、例えばミカ・ハッキネンのHakkiは「籠」を意味し、Hakkinenは「籠をつくる人」。
・スウェーデン人の苗字に多い「〜sson」は「〜の子孫」という意味で、ヨハンソンは「ヨハンの子孫」、アンデルソンは「アンデルの子孫」、カールソンは「カールの子孫」。
・ノルウェーでは同じ意味で「〜sen」が多く、例えばノルウェーで最も多い苗字「ハンセンHansen」は、「ハンスの子孫」という意味、だそうです。
このみっつは稲見純也さんのスポーツコラムで教わりました。
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by nobiox | 2010-07-04 22:05 | ├野球以外 | Comments(0) |
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