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百年の孤独、あるいは富士に立つ影
ノラ・フォスターはドイツ人の資産家(新聞社社長)の娘として生まれ、
1962年にミュンヘンで女児を出産、アリアンナ・フォスター(Arianne Forster)と名付ける。
アリアンナの父親は不明だが、アリアンナの容貌から見て、アーリア人でないことは間違いない。
ノラはその後イギリスに渡り、クリス・スペディングと同棲。ジミ・ヘンドリックスとも親交があったらしい。
当時、クリス・スペディング のところに、デビュー前のジョー・ストラマーが居候。
ストラマーの当時の彼女がパーマ・ロメラ(Paloma Romera/1955年スペイン生まれ)。
ノラはパーマと一時期バンドを結成したこともある。

やがてセックスピストルズが登場し、パンク・ムーヴメントが勃発すると、
パーマはパルモリヴと名乗り、ドラマーとして「伝説のバンド」フラワーズ・オブ・ロマンスに参加。
ちなみにこのバンドは1976年結成、一度もライヴを行なわず、一枚のレコードも残していないが、
シド・ヴィシャスやキース・レヴィンが在籍していたことでよく知られている、らしい。
後にジョン・ライドンは P.I.Lのアルバムタイトルとしてこの名前を拝借している。
パルモリヴとは台所用洗剤の商品名で、このあだ名を彼女につけたのはポール・シムノンである。

ノラの娘・アリアンナは、アリ・アップ(Ari Up)と名乗り、
1976年にロンドンで行なわれたパティ・スミスのライヴでパルモリヴと意気投合、
スリッツを結成。このときアリ・アップ14歳。パルモリヴはフォスター母娘二代とバンドを組んだわけで、
例えて言えば「長嶋茂雄と三遊間を組んだ若い選手が、ベテランとなって長嶋一茂と三遊間を組む」みたいな感じか。

パルモリヴは1978年末にスリッツを脱退して、レインコーツに参加。
ノラはその後、14歳年下のジョン・ライドンと結婚。
かくしてスリッツのアリ・アップは、ジョン・ライドンの義理の娘となり、以下下巻。壮大な話だ。

◆THE RAINCOATS Japan Tour2010
6/16 (wed) Shibuya, O-WEST (03-5458-4681) open 18:00 / start 19:00
ticket:contrarede web予約,PIA(P:106-347),LAWSON(L:72342), e+
お問い合わせ: contrarede (03-5773-5061)
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by nobiox | 2010-06-09 03:00 | ├音楽 | Comments(0) |
「僕」はどうか
「ブログの一人称を『僕』にしようかと思うんだけど」
「いいんでないの」
「基本は『私』でずーっとやってたんだけど」
「うん。いいじゃん、『私』で。なんで変えるの」
「いや、偉そうかと思って」
「あー」

「オレさあ、もともと偉そうだとかって誤解されやすいキャラじゃん」
「いや、誤解かそれ」
「こんなにシャイで臆病なのに」
「あー」
「『僕』の方が、好感度高くない?」
「まーねー」

「で、最近読んだ会田誠のエッセーがめちゃくちゃいいの。もちろんめちゃくちゃいいのは内容であって文体じゃないんだけど、いや、文体も素晴らしいんだけど、で、その文体が、「ですます」抜きで、一人称は『僕』なわけ。おお、これで行こう、と思って。それで、ちょっと前に書いた記事の、一人称を『僕』に書き換えてみたの。そしたらさあ、なんか、すげー恥ずかしいんですけど。自意識過剰でしょうか。『私』ってさ、楽なんだよ。素じゃ言えないことでも『私』が主語だと書けたりとか。なんか、日本語で言えないことが英語だと言える、みたいな話、よく聞くでしょ。そんな感じ」
「じゃあ『私』でいいじゃん」
「だけど会田誠の文章読んでも全然恥ずかしくないんだからさあ、単なる自意識過剰で、他人が読んだらなんでもないことかなやっぱり。村上春樹だって『僕』でしょう」
「村上春樹はインタビューされる時だって僕って言いそうな気がする」
「当たり前だろ。オレだってインタビューされたら『僕』って言うよ。インタビューで自分をオレなんて言うのはハウンドドッグと、ええと、」
「清原?」
「清原は、ほんとは『僕』って言うね。フィクションとしては『ワイ』」

 そう言えば中日スポーツは数年前から外国人選手の口調を変えた。以前は「うまく打てたよ。神様のおかげさ」みたいな、アメリカ映画の日本語吹き替え版みたいなカッコいい翻訳口調だったけど、今では「うまく打てました。神様のおかげです」みたいな。それは思想的に正しい変更だと、アタマでは思うんだが、どうも気持ちの上で納得いかん。アップルストアの店員の一人称が「僕」なのも、GAPの店員の挨拶が「いらっしゃいませ」じゃなくて「こんにちは」なのも微妙に納得いかん。

 それに中日スポーツの方針変更はなんだか中途半端で、ちゃんと検証はしてないけど、どうも中日ドラゴンズ所属の野球選手だけを日本人みたいな口調にして、他のチームの外人とか、大リーガーとか、外人格闘選手とかは相変わらずカッコイイ口調みたい(印象だけど)。あの中途半端さはなんとかならんものか。
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by nobiox | 2010-06-08 16:35 | ├自分用メモ | Comments(5) |
iPhoneユーザーの恍惚と不安(なのかなんなのか)
知らない人はまったく知らないであろう、「iPhoneやめました」事件についての記録。

あるIT雑誌(?) の女性編集長が、iPhone を1年くらい使ってみて、結局普通の携帯に戻したそうだ。会社でそう言ったらみんながみんな「えっ? iPhone やめた? なんで?」と素っ頓狂な声を出すので、こりゃおもしろいネタなのかもと思って、やめた理由をメルマガに書いたんだそうだ。「iPhoneやめました」というタイトルで。その記事は話題になり、その後 ITmedia のサイトに載り、大きな反響を呼んだ。もちろん「やめたい人の自由じゃね?」みたいな反響も多かったが、反感も多かった。その反感というのが、なんだか、凄い。

一番おかしいなと思ったところが
「“iPhoneがなければ致命的なシーン”は一度もなかった」って所でしょうかね
個人的に言わせてもらえば
“iPhoneがなければ致命的なシーン”は一度もなかった。という事が致命的。
って事でしょうかね。
どうやって仕事してるんだろう?
奴隷さんなのかな?だったらガラケーでも十分やっていけるよね。

iPhoneがなくても困らないヤツは「奴隷さん」なんだそうだ。スゲー。わけがわからない。もっとも、僕はiPhone 持ってないんだからわからなくて当たり前だが。他にも、「iPhoneやめました」で検索するとわんさか出てくる。

衝撃的なタイトル
「iPhoneやめました」であっさりやめれる人なんて、そもそも iPhoneを何も使いこなしてない人なんですよ。その持ち歩いてるPCだってろくなもんじゃないでしょう。そして「iPhoneやめました」と公に表明する時点で知れてる人間性です
「iPhoneやめました」と同時に「人間やめた方がいい」と思う。目立つことだけ考えている能なしだよ。
無理矢理こじつけているように感じました。私が、iPhone利用者だからかもしれませんが。もっと素直に、「残念だけど使ってゆく自信がなく止めました」にしてほしかったです。
この人はiPhoneを理解していない
自身のケータイの使い方が全てだと勘違いしている

彼女はべつに「iPhoneなんてクソだ、みんなそろそろ目を覚ませ」とか書いたわけではない。私はやめました、理由はこれこれ、と、いささかの皮肉っぽさも交えず、淡々と控えめに書いただけだ。それでこの反響か。いや、もちろん「いささかの皮肉っぽさも交えず」というのは僕の主観に過ぎない。複数の iPhone ユーザーが、こう書いている。

このタイトルからは皮肉たっぷりな感じがどうしてもするので、反感買うのは致し方ない
あの書き方は、私もイラっとしました。立つ鳥跡を濁さず! やめたければ勝手にやめればいい!

こういった反響を見て、はじめは、iPhoneユーザーが持っているらしい宗教的な、怖ろしいほどの優越感と忠誠心に驚いたのだが、しかし、そう単純な話ではないのかも知れない。なぜ iPhoneユーザーは「iPhoneやめました」と聞くと、「どうしても皮肉たっぷりな感じ」と感じ、反感を抱くのか。

例えば「禁煙やめました」だったらどうか。「禁煙やめました」という記事は、禁煙に成功した者たちの神経を逆撫でし、反感を買うだろうか。そんなことはあり得ない。家族や恋人なら別だが、どこかの見知らぬ誰かが「禁煙やめました。これからは再びスパスパ吸います」「禁煙しなくても致命的なシーンは一度もなかった」と述べたところで、禁煙に成功した者の反応は、「あっそう」「どうぞスパスパ吸ってくれ」くらいのものだろう。何がどう転んでも「反感」の発生する余地はないし、「衝撃的なタイトル」と受け取る人もいないはずだ。それを考えると、やめましたと聞いて反感を覚えるのは、自信の強さと同時に、自信のなさの現れなのかも知れない、と思えてくる。よくわからんけど。

この記事↓も勉強になりました。
ケータイと共に育ってきた女子大生がiPhoneに思うこと
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by nobiox | 2010-06-04 16:58 | ├Mac OS X | Comments(4) |
へびめし1905
「回顧すると今を去る事――ええと――何年前だったかな――面倒だからほぼ十五六年前としておこう」

「冗談じゃない」と主人は鼻からフンと息をした。「大変物覚えが御悪いのね」と細君がひやかした。寒月君だけは約束を守って一言(いちごん)も云わずに、早くあとが聴きたいと云う風をする。

「何でもある年の冬の事だが、僕が越後の国は蒲原郡(かんばらごおり)筍谷を通って、蛸壺峠へかかって、これからいよいよ会津領へ出ようとするところだ」「妙なところだな」と主人がまた邪魔をする。「だまって聴いていらっしゃいよ。面白いから」と細君が制する。「ところが日は暮れる、路は分らず、腹は減る、仕方がないから峠の真中にある一軒屋を敲いて、これこれかようかようしかじかの次第だから、どうか留めてくれと云うと、御安い御用です、さあ御上がんなさいと裸蝋燭を僕の顔に差しつけた娘の顔を見て僕はぶるぶると悸えたがね。僕はその時から恋と云う曲者の魔力を切実に自覚したね」「おやいやだ。そんな山の中にも美しい人があるんでしょうか」「山だって海だって、奥さん、その娘を一目あなたに見せたいと思うくらいですよ、文金の高島田に髪を結いましてね」「へえー」と細君はあっけに取られている。

「這入って見ると八畳の真中に大きな囲炉裏が切ってあって、その周りに娘と娘の爺さんと婆さんと僕と四人坐ったんですがね。さぞ御腹が御減りでしょうと云いますから、何でも善いから早く食わせ給えと請求したんです。すると爺さんがせっかくの御客さまだから蛇飯でも炊いて上げようと云うんです。さあこれからがいよいよ失恋に取り掛るところだからしっかりして聴きたまえ」「先生しっかりして聴く事は聴きますが、なんぼ越後の国だって冬、蛇がいやしますまい」「うん、そりゃ一応もっともな質問だよ。しかしこんな詩的な話しになるとそう理窟にばかり拘泥してはいられないからね。鏡花の小説にゃ雪の中から蟹が出てくるじゃないか」と云ったら寒月君は「なるほど」と云ったきりまた謹聴の態度に復した。

「その時分の僕は随分悪もの食いの隊長で、蝗、なめくじ、赤蛙などは食い厭きていたくらいなところだから、蛇飯は乙だ。早速御馳走になろうと爺さんに返事をした。そこで爺さん囲炉裏の上へ鍋をかけて、その中へ米を入れてぐずぐず煮出したものだね。不思議な事にはその鍋の蓋を見ると大小十個ばかりの穴があいている。その穴から湯気がぷうぷう吹くから、旨い工夫をしたものだ、田舎にしては感心だと見ていると、爺さんふと立って、どこかへ出て行ったがしばらくすると、大きな笊を小脇に抱い込んで帰って来た。何気なくこれを囲炉裏の傍へ置いたから、その中を覗いて見ると――いたね。長い奴が、寒いもんだから御互にとぐろの捲きくらをやって塊まっていましたね」「もうそんな御話しは廃しになさいよ。厭らしい」と細君は眉に八の字を寄せる。

「どうしてこれが失恋の大源因になるんだからなかなか廃せませんや。爺さんはやがて左手に鍋の蓋をとって、右手に例の塊まった長い奴を無雑作につかまえて、いきなり鍋の中へ放り込んで、すぐ上から蓋をしたが、さすがの僕もその時ばかりははっと息の穴が塞ったかと思ったよ」「もう御やめになさいよ。気味の悪るい」と細君しきりに怖がっている。「もう少しで失恋になるからしばらく辛抱していらっしゃい。すると一分立つか立たないうちに蓋の穴から鎌首がひょいと一つ出ましたのには驚ろきましたよ。やあ出たなと思うと、隣の穴からもまたひょいと顔を出した。また出たよと云ううち、あちらからも出る。こちらからも出る。とうとう鍋中蛇の面だらけになってしまった」「なんで、そんなに首を出すんだい」「鍋の中が熱いから、苦しまぎれに這い出そうとするのさ。やがて爺さんは、もうよかろう、引っ張らっしとか何とか云うと、婆さんははあーと答える、娘はあいと挨拶をして、名々に蛇の頭を持ってぐいと引く。肉は鍋の中に残るが、骨だけは奇麗に離れて、頭を引くと共に長いのが面白いように抜け出してくる」「蛇の骨抜きですね」と寒月君が笑いながら聞くと「全くの事骨抜だ、器用な事をやるじゃないか。それから蓋を取って、杓子でもって飯と肉を矢鱈に掻き交ぜて、さあ召し上がれと来た」

「食ったのかい」と主人が冷淡に尋ねると、細君は苦い顔をして「もう廃しになさいよ、胸が悪るくって御飯も何もたべられやしない」と愚痴をこぼす。「奥さんは蛇飯を召し上がらんから、そんな事をおっしゃるが、まあ一遍たべてご覧なさい、あの味ばかりは生涯忘れられませんぜ」「おお、いやだ、誰が食べるもんですか」「そこで充分御饌も頂戴し、寒さも忘れるし、娘の顔も遠慮なく見るし、もう思いおく事はないと考えていると、御休みなさいましと云うので、旅の労れもある事だから、仰に従って、ごろりと横になると、すまん訳だが前後を忘却して寝てしまった」

「それからどうなさいました」と今度は細君の方から催促する。「それから明朝になって眼を覚してからが失恋でさあ」「どうかなさったんですか」「いえ別にどうもしやしませんがね。朝起きて巻煙草をふかしながら裏の窓から見ていると、向うの筧の傍で、薬缶頭が顔を洗っているんでさあ」「爺さんか婆さんか」と主人が聞く。「それがさ、僕にも識別しにくかったから、しばらく拝見していて、その薬缶がこちらを向く段になって驚ろいたね。それが僕の初恋をした昨夜の娘なんだもの」「だって娘は島田に結っているとさっき云ったじゃないか」「前夜は島田さ、しかも見事な島田さ。ところが翌朝は丸薬缶さ」「人を馬鹿にしていらあ」と主人は例によって天井の方へ視線をそらす。「僕も不思議の極内心少々怖くなったから、なお余所ながら容子を窺っていると、薬缶はようやく顔を洗い了って、傍えの石の上に置いてあった高島田の鬘を無雑作に被って、すましてうちへ這入ったんでなるほどと思った。なるほどとは思ったようなもののその時から、とうとう失恋の果敢なき運命をかこつ身となってしまった」

「くだらない失恋もあったもんだ。ねえ、寒月君、それだから、失恋でも、こんなに陽気で元気がいいんだよ」と主人が寒月君に向って迷亭君の失恋を評すると、寒月君は「しかしその娘が丸薬缶でなくってめでたく東京へでも連れて御帰りになったら、先生はなお元気かも知れませんよ、とにかくせっかくの娘が禿であったのは千秋の恨事ですねえ。それにしても、そんな若い女がどうして、毛が抜けてしまったんでしょう」「僕もそれについてはだんだん考えたんだが全く蛇飯を食い過ぎたせいに相違ないと思う。蛇飯てえ奴はのぼせるからね」「しかしあなたは、どこも何ともなくて結構でございましたね」「僕は禿にはならずにすんだが、その代りにこの通りその時から近眼になりました」と金縁の眼鏡をとってハンケチで叮嚀に拭いている。しばらくして主人は思い出したように「全体どこが神秘的なんだい」と念のために聞いて見る。「あの鬘はどこで買ったのか、拾ったのかどう考えても未だに分らないからそこが神秘さ」と迷亭君はまた眼鏡を元のごとく鼻の上へかける。「まるで噺し家の話を聞くようでござんすね」とは細君の批評であった。
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by nobiox | 2010-06-03 20:38 | ├2ch文学 | Comments(0) |
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