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私をトルコに連れてって。
トルコ料理屋でランチを食べた。牛肉の削ぎ切りが食べたくて「Aランチ」を頼んだのだが、「鶏肉とジャガイモのトマト煮込み」が出てきたので驚いた。驚いたが、それは内心だけだ。僕はこういう場合、作り直させるようなことはしない。なんでも文句を言わずに食べる。鶏肉とジャガイモのトマト煮込みも旨いので、別に文句はないのだ。食べました。食べてから訊いた。「Aがトマト煮込みでBが牛肉なんでしたっけ?」

その通りだ、と、エキゾチックなお姉さんはさっき下げたメニューブックを見せてくれた。確かにそう書いてある。間違えたのは店ではなく、僕の方だったのか。それにしても、ずいぶん日本語うまいね。なんで? 年齢から見てそんなに日本滞在歴が長いとは思えないのだが、彼女の日本語はシェフより数段なめらかだ。しかし発音は外人さんっぽい。彼女は笑って答えた。生まれはトルコだし、高校もトルコだけど、小学校と中学は日本だよ。なるほど。

ランチを終え、ドア脇のレジで金を払い、外に出た。店の外、ドアの脇に写真入りのメニューが出してある。指揮者の前の譜面台のように。一番上にドネルケバブのランチ。そこに大きくアルファベットの「A」。ああそうか。つまり、店外のメニューと、店内のメニューブックの表記が逆になっている。僕は店外のメニューを見てAランチを頼んだのだ。別に文句を言う気はないが、教えてあげた方が親切であろうと思い、まだレジのところにいた彼女を手招きして、教えてあげました。ほら、こっちでは牛肉がAになってる。

で、この話の主題は手招きのことだ。店外から再びドアを開け、向こうと目が合い、手招きしようと右手を胸の高さに上げ…… る瞬間に、考えました。あ、指は、下か? 上か?

「小学校と中学は日本」ということなら、トルコ流にも日本流にも慣れてるんだろうからどっちでもいいんだろうけど、という以前に、トルコ流なら指は上、という確信もないんだが、咄嗟になんとも結論が出ず、手招きしたとき、結局僕の指は中途半端に「横に」向いていた。おしまい。
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by nobiox | 2010-01-19 16:15 | ├自分用メモ |
イアン・マクドナルドという平明な謎
ハタチ前後の洋楽シーンはどんなだったか、についてツマにアンケートしていたら、流れで

「シカゴやフォリナーが好きだった」

という話になった。「シカゴやフォリナー」だって? シカゴというのは有名だから少しは知っている。アダルトでソフィスティケイテッドなヤツでしょ。バーのBGMに向いてそうな。あるいは、青空の下の陽気なバーベキューパーティに向いてそうな。しかしフォリナーはプログレ混じりのハードロックなんじゃないの。フォリナーって、イアン・マクドナルドが作ったバンドでしょ。

「知らない。誰? それ」

イアン・マクドナルドはキングクリムゾンの創設メンバーだ。それも、ただ参加していたというレベルじゃない。今でこそキングクリムゾンと言えばロバートフリップ、ということになっているけれど、それはその後の変転を経てそういうことになったのであって、ファーストアルバムが生まれた時点では、バンドのイメージやコンセプトの根幹をゼロから作り出したのはピート・シンフィールド、作曲や演奏面を主導したのはフリップよりもむしろマクドナルドだろう、と言われるほどの主要メンバーだ。ライブのステージでもいちばん目立っていた、という証言が多い。彼はしかし、アメリカツアーで身も心も疲れ果て、あっさりキングクリムゾンを去った。「レコード・コレクターズ」2000年1月号によれば、ファーストアルバムのリリースが1969年の10月10日あるいは12日、同月29日には北米ツアー開始、マイケル・ジャイルズとイアン・マクドナルドが突発的に脱退を宣言したのは早くも12月7日。発売から2ヶ月も経っていないことになる。そして何年も後、どういう心境でかよくわからないがマクドナルドは再びアメリカに渡り、オーディションでメンバーを集めてフォリナーを結成する。イギリス人がアメリカでやるから名前が「Foreigner」。ただ参加してたという話じゃない。主導メンバーだ。それが、シカゴに似てたというのか。

「当時、シカゴとフォリナーはよく似てたよ」

そうなのか。たしかに「アメリカン・プログレ・ハード」という言葉をWikipediaで引くと、代表的なバンドとしてフォリナーと並んで「TOTO」なんて載ってるからなあ。TOTOと同類だって言うならシカゴと似てたって不思議じゃないわなあ。チョー単純化して言うと、クリムゾンキングの宮殿を作り上げた人と、シカゴみたいな王道売れ筋ポップを作る人が、同一人物だということか。そりゃ凄い。シェイクスピアとジョニー・ロットンが同一人物でした、と言われるくらいの驚きだ。いや、キングクリムゾンも好きだがスティーリーダンも好き、なんてヤツはべつだん珍しくもなんともないんだから、驚くことでもないか。そう言えばキリンジなんかキングクリムゾンにもスティーリーダンにも似てるしな。Wikipediaにはフォリナーについて、こんなおもしろいことも書いてあった。

1980年 4thアルバム『4』の製作開始。この製作中にイアンとアルが脱退しバンドは4人編成となる。同時期に隣のスタジオではダリル・ホール&ジョン・オーツが『プライベート・アイズ』の製作を開始していた。ダリル・ホールの回想によると「あの時期はあまりにも忙しかった。だけどハッキリと覚えているのはエレクトリック・レディ・スタジオでフォリナーが『4』を製作していた事だ。僕らが『プライベート・アイズ』を製作したのと同時に彼らも製作をスタートさせていたんだ。ところが製作中にイアンとアルだけがスタジオに来て、2人が帰ると他の4人がやって来てアルバムを製作という事が繰り返された。そのうちイアンとアルはスタジオに来なくなった。まあ脱退したって事は後で知ったけどね・・・。

それから僕らがアルバムを仕上げ、1年間のツアーに出て、次のアルバム『H2O』を製作する為にスタジオに戻って来てみると彼らはまだスタジオでアルバムを製作していたんだよ(笑)。それから僕らが『H2O』を仕上げてロードに出ても、まだ『4』を製作していたね。結局、彼らの方が僕らの約15倍ものレコードを売り上げる事になったけど」

フォリナーって未だにほとんど聴いたことないけど、ホール&オーツより売れてたとは知らなかった。と、いったことなどを考えながら、野球と全く関係のないページを作ってみました(これを作る過程で、キリンジの「グッデイグッバイ」がシカゴの「Saturday In The Park」そのものだということを知った)。
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by nobiox | 2010-01-17 21:57 | ├音楽 |
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