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「プライベート・ライアン」
監督:スティーヴン・スピルバーグ / 出演:トム・ハンクス, マット・デイモン / 1998年
★★★★……すごくおもしろかった

Wikipedia には「リアルな映像にするため、撮影には三脚を使わずハンディカメラが多用された。敵の攻撃を受け手足が吹き飛ぶ、内臓が飛び出る、炎に包まれて爆死するなど、戦場の現実を生々しく描き、これまでになかった戦争映画として高い評価を受けた。特に、冒頭から始まり約20分間にも及ぶオマハ・ビーチにおけるノルマンディー上陸作戦を描く戦闘シーンは、映画史に残る20分間として知られる。アカデミー賞では11部門にノミネートされ、興行面でも全世界で大きな成功を収めた」と書いてある。以降はともかくとして、とーにーかーくその、冒頭の「映画史に残る20分間」が凄まじい。圧倒的。参りました。尊敬するしかない。

もともと反戦的な人が観れば「戦争のむごさを描き切った真の反戦映画」と思い、好戦的な人が観れば「うひょー、やっぱ戦争さいこー」と思うだろう。
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by nobiox | 2009-08-24 13:28 | ├映画 | Comments(0) |
「人のセックスを笑うな」
原作:山崎ナオコーラ / 監督:井口奈己 / 松山ケンイチ, 永作博美, 蒼井優, 忍成修吾 / 2007年
★★…………おもしろいところもありました

ぼんやり見ていたエンドロールに、あがた森魚という名前を見つけて驚いた。きなこ餅の食べ方をレクチャーする、妙な魅力のあるあのおっさんは誰だ、イッセー尾形じゃないし、とか思っていたのである。あれは、あがた森魚だったのか。古い知り合いに意外なところで遭遇するのはちょっとうれしい。いやかなりうれしい。先日「メリーに首ったけ」でジョナサン・リッチマンを見たと思ったら、今回はこんなところであがた森魚か。とか思ううちに、さらに、MariMari というクレジットを見つけて驚いた。MariMari というのは、あの MariMari だろうか。あがた森魚という名前ならまさか同姓同名異人ということはないだろうが、MariMari を名乗る女なら複数人いても不思議ないのではないか。いやしかし・・・。MariMari は「画家」の役だと書いてあった。画家というと、あのシーンでサイババだかダライラマだかの名を出したあの女か。ああ、あれはなるほど、もしかするとあれこそが MariMari その人なのかも知れない。あんなに若いのか。20代に見えたが。佐藤伸治も生きていればあれほど若いのだろうか。オレはジョナサン・リッチマンにもあがた森魚にも特別な思い入れがあるが、MariMari はさらに別格だ。無人島に持っていく100枚にジョナサン・リッチマンもあがた森魚もたぶん入らないが、MariMari アンド・ザ・リズムキラーマシンガンズ、だったかな、いや「MariMari rhythmkiller machinegun」か、バンド名には自信ないが、あの(佐藤伸治健在時代の)何枚かは確実に入る。いや、というかしかし、ところでさっきから流れているこのエンディング曲は。

ボーカルに集中してメロディラインを追い、ようやく気付いた。これはフィッシュマンズのあの曲ではないか。しかも歌っているのは MariMari だ。サウンド担当は「HAKASE SUN」という人らしい。その名前は初耳だったが、どうもフィッシュマンズのキーボードだった人らしい。そうなのか・・・

枯山水のようなフィッシュマンズの音楽と違い、この映画での HAKASE SUN の音は猥雑なロンドンのパブのようで、違うんだよなあ、と舌打ちしたいような気分もあるが、しかし「意外な場所で意外なアレンジで既知の名曲のメロディに遭遇する」のはレゲエ・リスナーの楽しみのひとつでもある。これはこれでアリなのかも知れない。まあ、こんなことは映画とはほとんど無関係なんだが。

◆◆

本棚の奥から「GARO / 2001年10月号 / 丸尾末広ジェネレーション」というのが出てきた。丸尾末広がジーコ内山という人のインタビューに答えている。
−−今の日本映画の状況についてはどうお考えですか。
「作品が賞を取ることばかり先にあって、観客のことは後回しって感じでしょ。まあ。賞を取ってスポンサーがつかないことには次の作品が撮れないからだけど。若い映像作家はそんなのばっかり」
−−(笑) 賞狙いの映像ってありますよね。
「何か『シーン』としてる(笑)。カメラも長回しで」
−−そうなんですよ。ジーッとしている人物を長々と(笑)。
「そのほうが撮影も楽そうだし」

ほんとにそうだ。「人のセックスを笑うな」が賞狙いだったのかどうかは知らないし興味もないが、できあがった映画はとにかく「何か『シーン』としてて、カメラも長回しで、ジーッとしている人物を長々と(笑)」だ。またかよ。

Amazonのレビューには例えば「現代の映画やドラマはカット数がどんどん増えてきているそうですが、短いカットを 次々と見せられることに慣れてしまうと、こんなふうにひとつのカットをじっくり 見て考えるのが苦手になってきているのかもしれません」「 最近の映画は、カットが多く台詞も多く作りがごちゃごちゃしているように感じていたのですが、この作品はゆったりと時間が流れていて、なにより”間”がある」といった声もある。最近の日本映画に長回しが皆無なのであれば、なるほどこういう意見も理解できるのだが、実際には我々は、いやオレは、日本映画を観るたびにシーンとした長回しばかり見せられ、うんざりしているのである。またかよ、これもかよ、という感想しか出てこない。

それでも、いいところもありました。ラスト近くのえんちゃんと堂本くんの絡みなんか絶品で、萌えた。その他も「ストレンジャー・ザン・パラダイス」のようなもんだと思って観れば、それなりに良さも感じられるのではないか。1回観るぶんには退屈だが、100回流しとくバックグラウンド環境用途には気持ちよさそう、と言うか。

ただ、永作博美も蒼井優もカワイイ系でサワヤカでちょっと不思議ちゃんな感じで、おおざっぱに言って同じタイプに思える。だから「蒼井優じゃダメで永作博美に溺れる」という19歳の美大生の心情が、いまいちピンと来なかった。あの役はもっと太ったダサイおばさんじゃないとなあ。永作博美じゃ子供っぽ過ぎて、かつ可愛すぎて、蒼井優との違いがよくわからない。

(のちに原作を読んだら、主人公の「オレ」の独白があまりにもすべて松山ケンイチの口調に思えて驚きました)
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by nobiox | 2009-08-17 22:32 | ├映画 | Comments(0) |
ボブ・ディランさん:職務質問の若い警官 名前を知らず
【ニューヨーク小倉孝保】「お名前は?」「ボブ・ディランだ」「何をしているの?」「ツアーに行くところだ」--。世界で最も有名な米シンガー・ソングライターの一人、ボブ・ディランさん(68)が先月、警官に職務質問され身分証の提示を求められていたことが米国で話題になっている。警官2人は20代。いずれもディランさんのことを知らなかったようだ。

 AP通信によると、ディランさんは7月23日夕、米東部ニュージャージー州ロングブランチの低所得者の多い地区を歩いていたところ、警官に職務質問され、身分証の提示を求められた。警官は怪しい者ではないと判断し、ディランさんの目的地まで同行したが、最後までスーパースターだと気付かない様子だったという。この日、近くの野球場でディランさん、ウィリー・ネルソンさん(76)、ジョン・メレンキャンプさん(57)ら大物歌手3人の合同コンサートがあった。

毎日新聞 2009年8月15日 18時49分
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by nobiox | 2009-08-15 22:38 | ├音楽 | Comments(0) |
「フルメタルジャケット」
原作:グスタフ・ハスフォード / 脚本,監督:スタンリー・キューブリック / 出演:リー・アーメイ / 1987年
★★★★★…めちゃくちゃおもしろかった

「前半素晴らしいと思ったけど後半はそうでもない」と感じました。前半だけで五つ星。これほど簡素なセットでこれほど単純な構成で説得力ある戦争映画が撮れるものだったのか、という驚きと感動。素晴らしい。

後半はもしかすると「ジャングルなしで説得力あるベトナム戦争映画が撮れるか」というコンセプトなのかも知れない。リアリティを感じさせるベトナム戦争映画だとは思ったけど、なんかピンと来なかった。前半だけで短く終わればいいのに。
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by nobiox | 2009-08-12 15:16 | ├映画 | Comments(0) |
「アヒルと鴨のコインロッカー」
原作:伊坂幸太郎 / 脚本,監督:中村義洋 / 出演:瑛太, 関めぐみ, 松田龍平, 大塚寧々 / 2007年
★★…………おもしろいところもありました

はじめの1時間、本屋を襲って広辞苑を奪うとか、逆に自室の本が消失するとか、誰それがHIVに感染しているとか、2年前にペット連続殺傷事件があったとか、地味で意味ありげなエピソードが淡々と消化される。どれもが何かの伏線なのだろうとは思うものの、何の伏線かはわからないので思わせぶりなばかりで、面白くない。たぶん、伊坂幸太郎の原作を読んでる人にとっては面白いのだろう。実際、二度めに観たときは案外楽しめた。一度めはダメだったなあ。エピソードはショボいわ役者はショボいわ映像はショボいわで、ひたすら退屈。つまりこれは、原作を読んでる人のために作られた映画なのである。たぶん。

多くの固定ファンを持つ原作を映画化するときに、そのファン層を観客として想定し、そのファン層のイメージを裏切らないことを第一に気にするという、その気持ちはよくわかる。たぶん「無能の人」を撮ったときの竹中直人もそうだっただろうように。だからそれに文句を言うつもりはないけれど、とにかく私は原作を読んでないので、全110 分のうち、はじめの60分はひたすら退屈だった。

ただ、Amazonのレビューで、原作読んでないけど素晴らしい、と言ってる人も複数いるので、私の頭、あるいはセンスが悪いせいだったのかもしれない。それとも相性か。映画を観て
「前半素晴らしいと思ったけど後半はそうでもない」と感じた場合と、
「前半退屈だったけど後半は面白かった」と感じた場合、どっちに好印象を持つか、という。
私は完全に前半重視タイプのようだ。後半になるほどと思わせてもらっても、すでに腹を立てているので、素直に楽しめない。
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by nobiox | 2009-08-12 15:05 | ├映画 | Comments(0) |
散骨(「ものすごく小さい骨壺」の提案)
祖父は私が中学のとき死んだ。長い闘病の後だったため、遺骨の量が少なかった。

火葬場で焼き上がった遺骨の量には、体格、年齢、病歴などによって個人差がある。日本のキリスト教徒は遺骨をどうするのか知らないが(キリスト教徒は焼かずに土葬するのか?)、多くの日本人遺族はそれを箸でつまんで骨壺に収める。入り切らない分はどうなるのだろうか。「メモリアルアートの大野屋」の「仏事Q&A」にはこういう記述がある。

Q:火葬場で見た光景で、壷に遺骨が入りきらないときに、職員の方がスリコギ棒のようなもので崩して押し込んでいました。これについての質問ですが、これは、ひとつの壷に入れなくてはならない決まり等があるのかどうか詳しく教えてください。

A:ご遺骨を一つの壷に入れなければならないという決まりは特になく、壷に入りきらない分につきましては、火葬場にて処分されてしまいます。従いまして、ご質問にありました行為は、少しでも多くのご遺骨を遺族の方にお持ちいただく為の配慮かと存じます。

壷に入りきらない分は、火葬場が「処分」するらしい。厳密に杓子定規に考えれば、壷に入りきらない分も遺体であり、ゴミ扱いすれば死体遺棄罪に該当するはずだが、そこまでは追求せずに穏便に済ませているのだろう。法の運用上、壷に入ったぶんだけが「死体」とみなされ、入り切らなかった分は「死体ではない何か」とみなされる。そういうことのようだ。

狭い日本に核家族が増えていけば、墓地の需要は増すばかりとなる。その問題に対して「散骨」というのはよいアイデアに、いっしゅん思えるが、現実はなかなかむずかしいらしい。どこでもいいわけではない。住民の苦情などから、散骨を条例で規制する地方自治体も少なくない。規制する自治体が増えていく可能性もある。

いやそれでね、何が言いたいかというと、遺骨の量のことだ。「ものすごく小さい骨壺」を作ったらどうだろうか。それに入り切らないぶんは、火葬場で「処分」してもらう。入ったぶんだけを死体=遺体=遺骨とみなし、持って帰り、撒きたければ撒けばいい。もちろん散骨問題の根本解決にはならないが、量が大幅に減ることは解決の一助になるはずだ。また、撒かずに引き出しの奥にしまっておいてもいい。小さいから負担にならない。


▼追記:「そういうことのようだ」というのは間違ってるようだ。
近代に至るまで、日本の葬送儀礼として火葬は決して主流ではなかった。しかし遺骨がコンパクトにまとまり持ち運びが可能になる・土葬のように数年単位で墓地の面倒を見る必要がない・墓地の土地面積が節約できるなどのメリットが徐々に浸透し、徐々に火葬が普及していった。高度経済成長期以降の人口の都市集中なども火葬の追い風となり、それ以降では火葬が主流になったといっても良い。
火葬の普及に伴い、墓地とは無関係に、独立した火葬専門の施設が設置されることが多くなっている。
それらの火葬場は、主に各市町村の清掃・衛生関連部署による運営や、複数の市町村が一箇所に集約して使われる行政組合による運営のものが多いが、一部民営・業務委託・半官半民(PFI)といった形態で設置・運営しているものもある。米国のサービスコーポレーションインターナショナルのような大規模な葬儀会社の一部門として組み込まれている場合もある。また東京では、他地域の公営火葬場主流に対して、東京博善(廣済堂グループ)という民間企業が大半の火葬を行っているという特徴がある。

火葬後には骨が残される。骨上げでは、西日本は主要な骨のみを骨壺に収めるため、拾骨されなかったものは後に残される。東日本では基本的にすべての骨を収めるが、多少の残灰が残される場合がある。骨壺に入れられなかった残骨灰は専門の業者が回収し、コバルト・ステンレス・チタンなど希少金属の選別などを経て合葬される。以上 Wikipedia より。
東日本と西日本で違う、と。
MCプロデュース : 火葬の後で(工場長)2007年08月20日

また社長の一言から始まった。「部分集骨で、残ったお骨や灰は、【処理する】で適当なのかな? 他に言い方ないの?」
 当然、お骨を全部拾わない西日本出身だから分かるでしょ? そんなプレッシャーを全身に受けながら、私は回答に窮していた。たしかに、うちの地域はほとんど部分集骨で、かつての身内の葬儀も、全て部分集骨だった。しかし、残った遺骨のことを気にしたことは全くない。適当に「そんなことまで気にしたことはありません」とでも返答していれば、このエッセイの(続きを読む)以降も書くこともなく、話はここで終わっただろう。が、私は違う返答をしたかった。

まず、電話をかけてみたのは、祖父の火葬をした、葬儀場と火葬場が併設されている会館。「急に、祖父の遺骨の行方が気になった」と問い合わせたら、火葬の後の遺骨の行方を話してくれた。といっても「残骨は、外注の企業が適切に処理をしています」というレベルの、差し障りのない内容だけれども。
工場長:「畑や山に埋められたりするんですかねぇ」
職員 :「いや、しっかりとお寺で供養されているはずです」
工場長:「どこで、どのように供養されるんですか?」
職員 :「それは…外注さんに聞いてもらわないと」
工場長:「何という企業ですか?」
職員 :「少し、お待ちください。たしか、昨日チラシを持ってきてたなぁ」
    (…しばし待つ…)
職員 :「N社という業者さんだねぇ。石川県のS寺で、残骨灰はまとめて供養されているらしいよ」
工場長:「S寺ですか」

S寺の漢字の書き方を説明されながら、私は、残った遺骨を残骨灰って言うんだな…と思った。残骨灰か。初耳である。残骨灰をネットで調べると、【残骨灰処理】という言葉も見つかった。この段階で、社長への返答は、「残ったお骨や灰の処理は、残骨灰処理って言うらしいですよ」でバッチリだ。一方で、興味も湧いてきた。N社へ電話して、その「処理」の内容を聞いてみたくなった。早速電話をかけてみる。しかし、出ない。仕方がないので、S寺に電話をしてみる。すると、60才くらいの声のおじちゃんが電話に出た。
寺職員:「あぁ、置いていっていますねぇ」
工場長:「納骨堂みたいな場所があるんですかねぇ」
寺職員:「いやぁ、建物も先方さんが建てたんで、よく分からないんですわ」
工場長:「境内にあるんですか?」
寺職員:「ええ、それはそうですけど…。うちは、場所を提供しているだけで、特に知らないんですわ」

知らないんだ…。管理が甘いなぁ。まあ、N社が主導権を握って、残骨灰処理を仕切っているということは、想像に難くない。どんな会社なのか、気になるところ。これも何かの縁と思い、残骨灰処理業界の内情が気になった私は、インターネットで検索に上位に引っかかった会社に電話をしてみた。
工場長:「残骨灰処理に関して調べているんですけれども、インターネットでホームページ見まして。
     一番詳しく書かれているようだったので、電話してみました」
会社員:「ははは。まだまだ完成してないんですけどねぇ」
工場長:「残骨灰処理って、どんなことするんですか?」
会社員:「まずは、分別機にかけるんですわ。それで、【灰】【骨】【金属】に分けるんです。
     その中の【骨】を選別して、さらに綺麗に洗浄します。その後は、契約しているお寺さんに供養してもらいます」
工場長:「そのお寺さん、もしかしてS寺ですか?」
会社員:「…いや、近所のお寺ですけれども」
工場長:「そのお寺、骨でいっぱいに成りませんかね」
会社員:「そうなんですよ。だから今、大きな供養所というか、作ってるんですよ」
工場長:「N社さんは、S寺にお願いしてもらっているようですが、そこも7,8年で一杯になるようですよ」
会社員:「ああ、N社さんですか」
工場長:「ご存知なんですか?」
会社員:「この業界では有名ですよ。西のN社、東のT社ってよう言われてますけどねぇ」
工場長:「へぇ~」
会社員:「まあ、どこにでもあるように連合というか、組合みたいなものはありましてねぇ。
     うちの会社は、シガラミが嫌なんで、独立してやってますけど」
工場長:「シガラミですか」
会社員:「あまり、詳しくは知らないですけどねぇ」
工場長:「西はN社さんが仕切ってるんですね」
会社員:「まあ、そうですね」

何だか、言い難そうだ。組合ですか。表に出る業界ではないだけに、あまり良い雰囲気はしないなぁ。N社が、ますます気になってきましたが、今回はこんなところです。ただ、葬祭に関わっているだけに、興味深い世界でもありますね。「残ったお骨や灰の処理は、【残骨灰処理】って言うらしいですよ」という答えを得られただけで、まずは一段落です。

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by nobiox | 2009-08-03 16:39 | ├自分用メモ | Comments(0) |
「クローバーフィールド」
監督:マット・リーヴス / 製作:J・J・エイブラムス, ブライアン・バーク /
出演:マイケル・スタール=デヴィッド, オデット・ユーストマン, T・J・ミラー / 2008年
★★★★★★★★★★…めッッッッッッちゃくちゃおもしろかった

興奮しました。最高。「クローバーフィールド」がどういう映画か知らず、宣伝映像を見たことある程度で、それ以上は何も知らないけどなんとなく興味がある、という人は、以下の文章を読まず、AmazonのユーザレビューもWikipediaも読まず、何も知らずに観た方がいいですよ。読むと絶対に後悔しますよ。


























はじめの18分ちょっとは、どうでもいいパーティシーン。一般的には不評のようだが、私はかなり楽しめました。撮ってるのがどうしようもないアホな男で、かつマリーナに惚れている、という設定が可笑しい。レザボアドッグスの冒頭の、マドンナやらチンポやらチップやらを巡ってえんえんと続くバカ議論シーンと遜色ないと思う。岸田劉生がいくらがんばってもレンブラントみたいな奥行き感は出せないように、なぜか日本人には出せない雰囲気。

18分過ぎからようやくニューヨークの街に異変が始まり、原因不明の怒濤の破壊とパニックになだれ込む。こちらになんの予備知識もなかったのが幸いして、なんだか凄いことになってるんだが原因も意図もいっさい不明、という「GANTZ」みたいな展開が凄い。5分間くらい。

事態が謎の巨大怪獣の襲来、とはっきりわかるのは、乱入した電気店のテレビのニュース映像によってで、31分過ぎあたり。そこから先が本格的に怪獣パニック編ということになるが、こちらの気分は怪獣登場以降は急速に醒めた。理由はよくわからないが、なーんだ怪獣映画だったのか、という感じ。子供の頃父親に連れていってもらって観た「宇宙大怪獣ギララ」とかを思い出してそれなりに楽しめたけど、怪獣映画にしては怪獣との戦いが、いまいち盛り上がらないんだよなあ。それにいくらなんでも「オーマイガッ」連発過ぎだろ。

怪獣の凶暴さなり、怪獣の悲しみなり、怪獣の襲撃の必然性なり、なんでもいいから何か掘り下げた方が盛り上がると思うんだが。「エイリアン」に感じるひしひしとした恐怖を100とすると、こっちは40くらい。まあ「ジュラシックパーク」よりはマシだったと思うが。「一般人がハンディカメラで撮った映像が後に発見された」という設定も、ホラー映画には合うんだろうけど、またパニック映画にも合うと思うけど、巨大怪獣を撮るには無理があるんじゃなかろうか。

もっとも、監督は「そんなこと言われたって予算がなかったんだからしょうがない」と言うだろう。ハンディカメラは「低予算で怪獣映画を撮るにはどうすればよいか」を考えた結果、苦肉の策の撮影手法ということらしい。

というわけなので、興奮最高潮だった時間はわずか5分間ということになるが、5分間でもいいじゃないか。その5分間、映画を観てこれほど興奮した経験は他にない。素晴らしい。

・マット・リーヴス監督 インタビュー
・製作J.J.エイブラムス インタビュー
・マイケル・スタール=デヴィッド 、リジー・キャプラン インタビュー
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by nobiox | 2009-08-02 19:21 | ├映画 | Comments(0) |
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