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コインを2枚投げたら1枚は表でした(ローラふたたび)
◆承前:【問題】コインを2枚投げたら1枚は表でした。 : 観測所雑記帳

「きのうの話、いまいち納得いかねー」

「うふふっ、いかねー?」

「もっかいつき合ってくれる? ねえ」

「オッケー」

「ズボンの左右のポケットに、オセロのコマを1枚ずつ、入れまーす。いい?」

「いいよー」

「自分でもどっち向きだかわかんなくなるように、ポケットの中でかき混ぜまーす。もぞもぞもぞ」

「オッケーだよー」

「ポケットの中で1枚ずつ手のひらに、握りまーす。握ったまま、ポケットから出しまーす。握った両こぶしを、手の甲を上にしてテーブルの上に、置きまーす。こぶしを開いて伏せまーす。いいか、はい、バシャン」

「おおうっ」

「はい、これでどっちが黒か白か、オレにもローラにも全くわかんないよね」

「そうだね。有吉くんやっぱりアタマいいねー」

「左手から開くぜ。はい」

「おおう。黒だねー」

「右手も黒の確率は?」

「アタマいいねー。これやっぱりモンティ・ホールとおなじだねー」

「ま、ま、ま、質問に答えろよ」

「1/3」

「なんで? ゾロ目の確率は低いから?」

「わかんない。ローラ自信ないよ。一緒に考えてよ」

「今さあ、エじゃないことは確定したよな」

  左 右
ア ● ●
イ ● ○
ウ ○ ●
エ ○ ○

「あのねー、有吉くんが黒しか開けないって決めててね、ローラに見せないように両方を見て、それで黒の方をわざと開けたならー、1/3だよ」

「うん、ってか、きのう言ってた設定はそういうことだよな」

「だけど今は偶然黒が開いたのでしょー。ってことはー」

「100回やったら50回が黒だよな。うち、右手も黒は・・・」

「・・・そっかー、25回ー」

「じゃあ、この場合は 1/2?」

「そうですねー」

「きのう言ってた『どっちかが黒だったらゾロ目の確率は低い』っていうローラ様理論は、この場合なんで発動しないの?」

「んっとねー、2枚のうち1枚でも黒があったら、白黒パンダの確率が高いよ。これは1枚しか開けてないから、条件が違うよ」

「きのうはさあ、2枚を区別してるかどうかがポイントだって話だったじゃない。きょうは、2枚とも開けたかどうかがポイントなの?」

「ローラわかんないよー」

「じゃあさあ、これは? 『2枚投げました。1枚は黒でした。もう1枚は偶然ボチャンとカップのコーヒーに飛び込み、沈んだので見えません。コーヒーカップの底の1枚が黒の確率は?』」

「オセロのコマはプラスチックでしょ。コーヒーの中に落ちても浮くんじゃないの」

「うるせー。金属製のコマかなんかじゃねーの。回答者は問題文の設定に合わせるねー。常識だねー」

「その問題おもしろいねー。だけどローラ飽きてきたよー。今度宇治原くんかたけしさんに聞いといてよー」

「まあ、まあね。そうね」
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by nobiox | 2012-07-04 22:38 | ├自分用メモ | Comments(0) |
【問題】コインを2枚投げたら1枚は表でした(ローラ降臨篇)
◆カオスちゃんねる : 【問題】コインを2枚投げたら1枚は表でした。

「オセロのコマを2枚投げたら1枚は黒でした。もう1枚も黒の確率は?」

「んっと・・・1/3・・・?」

「は? バカなの? 死ぬの? 1/2だろJK」

「そんなひどい言い方しなくたっていいよー。なんで 1/2?」

「いいかローラ。投げる2枚をA、Bとするぜ」

  A B
ア ● ●
イ ● ○
ウ ○ ●
エ ○ ○

「ア、イ、ウ、エの起こる確率は等しい。な?
 Aが黒だったってことは、ウとエが否定されたってことだろ。
 だからアかイの2択なわけだ。ア、イの起こる確率は等しい。よって1/2。
 反論あるならむしろ聞きてーわ」

「じゃあ聞くよー」

「おう」

「オセロのコマを2枚投げたら、黒黒が出る確率と白黒が出る確率、どっち高い?」

「・・・白黒」

「でしょー。黒黒25%、白白25%、白黒パンダ50%でしょー。ゾロ目は希少でしょー」

「そうだよ。アタマいいじゃんお前」

「それってねー、『1枚が黒だったらもう1枚は白である確率が高い』って言ってるのと同じでしょー」

「・・・・・・・・・・・・・」

「50%と25%だから、倍高いでしょー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「あれれー? 黙っちゃったねー」

「ややや、・・・・じゃ、じゃあさあ、ちょっとやってみようぜ。1枚投げてみ」

「オッケー。ちゃりーん。黒だよっ」

「よし、じゃあ、もう1枚投げて黒になる確率は?」

「それは1/2だよ」

「な? そうじゃん」

「それは問題文と違うよ」

「どう違うんだよ」

「じゃあ私が投げるから有吉君、目つぶってて」

「はい」

「ぢゃりーん。2枚投げたよー。1枚は黒だよー。もう1枚も黒の確率は?」

「・・・1/2」

「1/3でしょー」

「そ、そうなの?」

「だって黒黒の確率より、黒白の確率の方が倍高いんだよー」

「いや・・・だからさあ、そりゃさあ・・・イヤちょっと待って・・・」

「うふふっ」

「待って、ねえ、ローラはさあ、2枚とも確認してから、1枚は黒だって言ってんの? それとも片っぽだけ確認したの?」

「えー。どしてー? 2枚投げたから2枚見えてるよー。1枚は黒だよ。もう1枚は秘密だよー。ってゆっかもう1枚は白だけどね。目開けていいよー」

c0070938_18311997.jpg

「・・・いや、だってさあ、問題はこの『もう1枚』が黒になる確率だろ。そっちはもう関係ないの。いっっっっさい関係ないの。この1枚、だけが問題なの。黒か白なの。だったら1/2じゃん」

「ぷっぷー。そこが違うよー。『この1枚』っていうのが最初から最後まで決まってればそうだけどー、『この1枚』がどの1枚のことか、出目によって動くからー。『Aは黒でした、そのときBは?』っていうんなら、1/2 だよ。この問題そうじゃないよ。1枚は黒でした、そのときもう1枚は? だよ」

「おんなじじゃん」

「ぜんぜん違うよー。白黒パンダが出たうちの、『Aは黒です』は半分だけでしょー。『1枚は黒です』だと、白黒パンダ全部に当てはまっちゃうねー。そのときの『もう1枚』は、全部白だねー。個々のコマが黒になるか白になるかは独立事象だけど、どっちのコマが『この1枚』になるかが出目に依存するから、その意味では独立事象じゃないねー」

「ちょっと待って。おま、お前もう、全然ローラじゃねーじゃん」

「ローラだよー。オセロのコマ、2枚投げるよー。100回試行するよー」

1: AとBの2枚を同時に投げたら、Aは黒でした。 →  2: このときBも黒の確率は?

「『 AとBの2枚を同時に投げる』を100回やったら、1はだいたい何回くらい起こるー?」

「50回]

「でしょー。そのうち25回はBも黒だねー。1/2だねー。じゃあねー」

1: AとBの2枚を同時に投げたら、1枚は黒でした。 →  2: このときもう1枚も黒の確率は?

「こっちの1はー? 100回やったら何回くらい起こるー?」

「・・・・・・・・・」

「75回だねー。もう1枚も黒なのは、そのうち25回だねー。1/3でしょー?」

  A B
ア ● ●
イ ● ○
ウ ○ ●
エ ○ ○

「・・・・・・・・・」

「んっとねー、有吉君、コイン2枚同時に投げたことある?」

「・・・わっかんねーけど・・・サイコロならあるよ。うん。けっこう、あるね。あのねえ、茶碗の中に投げるか、緑色のフェルトの上で投げるかだね。コントで壷振りやったこともあるよ」

「ほんとにー? 2コ投げるときねー、2コを区別してる?」

「・・・して、ないね」

「でしょー。ふつう区別しないでしょー」

「うん。オレ、緋牡丹お竜の映画けっこう見てるけど、サイコロふたつを区別してるなんてのはいっぺんも記憶にないね」

「ゾロ目が希少なのも、2枚を区別しないからだよー。ア、イ、ウ、エはほんとはそれぞれおんなじだけ希少なんだけど、イとウはふつう区別しないし、できないから、『黒黒25%、白白25%、白黒50%』ってなるんだよ。だけどねー。『A,B2枚投げました。Aは黒でした。このときBも黒である確率は?』って言ったら、区別してる場合でしょー。それだと、Aは黒でした、の時点で、ウとエが消えるねー」

  A B
ア ● ●
イ ● ○
ウ ○ ●
エ ○ ○

「・・・うん、まあ、そうね」

「だけどそうじゃなくて、ふつうに『AとかBとか知らねーけど、とにかく1枚は黒』だとねー、エだけが消えるのー。イとウは区別できないよー。だから1/3 になるんだよー。『Bが黒である確率』と、『どっちか1枚が黒でしたときの、もう1枚が黒である確率』は同じじゃないねー。後者は『もう1枚』がどっちの1枚のことか、出目によって動くでしょー。よくわかんないけど、このへんがモンティ・ホール問題と似てるねー。モンティ・ホールと同じで、これも10枚で考えてみてー。有吉君、目つむって」

「はい」

「ローラ10枚投げるよー。じゃりじゃりじゃじゃじゃらーん。わわっ、すごいよ、9枚黒だよ」

「・・・」

「スゴい偶然だねー。10枚とも黒の確率は?」

「いやちょっと待って。どの9枚が黒なの?」

「んっとねー、1番から9番までが黒だよ。残る1枚も黒の確率は?」

「1/2」

「でしょー。正解だよー。だけどねー、ウソなの。ほんとはねー、いっぺんにじゃららーんって投げたから、どれがどれだなんてローラわかんないよ」

「うん」

「だけどとにかく、9枚が黒だよ」

「うん」

「10枚とも黒かも知れないよ。わかった?」

「うん」

「オッケー?」

「お、おう」

「10枚とも黒の確率は?」

「・・・」

「1/2 ?」

「うん・・・・いや・・・・どうなの?」

「うふふっ」

「てめー、ぜってー殺す」

「10枚投げて少なくとも9枚が黒だっていうことはねー、

ア ○●●●●●●●●●
イ ●○●●●●●●●●
ウ ●●○●●●●●●●
エ ●●●○●●●●●●
オ ●●●●○●●●●●
カ ●●●●●○●●●●
キ ●●●●●●○●●●
ク ●●●●●●●○●●
ケ ●●●●●●●●○●
コ ●●●●●●●●●○
サ ●●●●●●●●●●

このうちのどれかだよ。アからサまで、起こる確率はおんなじだよ。
だからサの確率は 1/11 だよー。
『1番から9番までが黒』だとねー、決まってないのは10番だけだねー。
するとコとサの2択だから、 1/2 だよー。うふふっ」

コ ●●●●●●●●●○
サ ●●●●●●●●●●

「・・・だけどさあ、じゃあさあ、おんなじように投げておんなじ結果が出たのに、ローラが10枚を区別してるかどうかだけで、確率がそんなに変わるって言うの? おんなじ結果が出て、おんなじ結果を見たのに? ねえ?」

「うーん。不思議だねー。てゆっかー、おんなじ結果じゃないよ。1枚ずつを区別してたら、アからサまでが全部違う結果でしょー」

「まま、まあねえ・・・そのさあ、区別してるとかしてないとかっていうのはさあ、ローラが? それともオレ?」

「『問題文が』でしょー? でねー、回答者は問題文の設定に合わせるのねー。これ常識ねー。
 1枚ずつを区別するっていうのはねー、例えばこういうことだよ。
 10枚投げました。

 1は黒でした。
 2も黒でした。
 4も黒でした。
 5も黒でした。
 6も黒でした。
 7も黒でした。
 8も黒でした。
 9も黒でした。
 10も黒でした。

 さてこのとき、3が黒である確率は?」

「あーっ。うん・・・いや・・・」

「そしたら2択でしょー」

ウ ●●○●●●●●●●
サ ●●●●●●●●●●

「そっか」

「これと『10枚中9枚が黒でした』じゃ、情報量がぜんぜん違うでしょー。
 1枚1枚を区別してるの場合、10枚同時に投げたら、2の十乗だから、1024通りの出目があるねー。ウが出る確率も1024分の1、サが出る確率も1024分の1。これが独立事象だよー。だけど区別しないの場合、10枚同時に投げたら、黒ゼロ枚から黒10枚まで、11通りしかないでしょー。その 11 通りは、同じ確率じゃないでしょー。『黒9枚』はすごく珍しいけどー、『黒10枚』はそれよりも、さらに10倍珍しいでしょー。黒10枚の確率が 1/2 のわけないでしょー」

「・・・」

「この問題はモンティ・ホールの問題に比べたら、そんなに不思議じゃないよ。だっていっしょに投げたら、ふつう区別してないのが当たり前でしょー。その場合『ゾロ目は希少なので、9枚が黒だったら残り1枚は白である確率が高い』っていうのは、わりと直感に合致するねー。ノーヒットノーランより1安打完封の方が達成しやすいのと同じでしょー。1枚1枚を区別するのとしないのでそんなに確率変わるのかー、ってところに驚いてるだけだよー、きっと。確率の問題ってねー、1枚1枚を区別するタイプの問題が多いよ。AとかBとかCとかって。だから、たまに区別しないタイプの問題に当たるとねー、びっくりするんじゃないかなー。
 モンティ・ホールの問題は、同じようにハズレのドアが開いたとしても、それが風で偶然開いたのか、司会者がわざとハズレを開いたのか、そうだとして、司会者はどういう法則で開くのかで、ぜんぜん確率変わるよー。ローラよくわかんないけど、不思議だねー」

◆続編:コインを2枚投げたら1枚は表でした(ローラふたたび)
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by nobiox | 2012-07-03 21:33 | ├自分用メモ | Comments(0) |
日本語は多いか("大きい方")(「ビバリーヒルズ日本語白書」試作)
日本語は世界でもまれに見る精緻な言語で、単純に単語数だけを見ても、その量は他の言語に比べて突出している。例えば歳時記をパラパラ眺めてみるだけでも、日本語の持つ語彙の膨大さ、表現力の豊かさを、誰もが実感し、納得するであろう。
・・・と、こういうことを言うと、100人中85人くらいの日本人が、そうだろうそうだろうその通りだと、うなずくと思う。だけど、それは間違いだ。

いや、間違いは言い過ぎか。言い直します。日本語が多いか少ないかは知らない。ただ少なくとも、大和言葉は少ない。大和言葉のボキャブラリーは、英語や中国語に比べたら、はるかに貧弱である。したがって日本語本来の特徴は「多い」よりもむしろ、「少ない」だ。ソースは、オレ。

ちょっと考えれば明らかだろう。「速い / 早い」「飛ぶ / 跳ぶ」「見る / 観る / 診る」「跳ねる / 撥ねる /刎ねる」「焼く / 灼く / 妬く」「覚める / 醒める / 褪める / 冷める」「急く / 咳く」「吹く / 噴く」「帰る / 返る」「突く / 着く / 付く / 就く」 「触る / 障る」「打つ / 撃つ / 伐つ / 討つ / 射つ」「取る / 撮る / 盗る / 捕る / 獲る / 摂る / 執る」「熱い / 暑い / 厚い / 篤い」などなど、漢字の助けを借りなくては区別できないやまと言葉は、いくらでも思いつく。逆は、ひとつも思いつかない。

「速」と「早」はどっちも「はやい」だが、それは日本語での話であって、中国人にしてみれば全く別の読みを持つ、全く別の語だ。やまと民族が一語で曖昧に済ませていたものを、中華民族はいちいち細かく執拗に偏執的に博覧強記に、本居宣長言うところの「こちたきさかしら心もて」意味合いを分別して、個々に別々の言葉を当てている。そして英語でも、これらの多くは区別される。速いはファーストで、早いはアーリー。飛ぶはフライで、跳ぶはジャンプ。それぞれ全然違う語だ。全然似てない。はっきりした区別がある。大和語は英語や中国語に比べて、非常に区別の少ない、おおらかな言語である。

英語と中国語とどっちが多いか、知らないけど、英語じゃないか。最近 iPhone のおかげで、レティーナという英単語が日本でも有名になった。Retina。網膜。すごいですよ。網膜などという、一生のうちでもそう何度も話題に出ないもののために、専用の単語があるなんて。もちろん「網膜」という二字熟語だって単語だが、専用の度合いが違う気がする。漢字は造語能力が高いので、そこまで専用にこだわらなくても、いろんな熟語を生み出せる。

◆◆

「やあジェーン、今日もきれいだね。そのはち切れそうな胸ポケットに、何が入ってるんだい?」
「ハーイ、グレッグ。ゆうべのETVのジャパン特集、見た?」
「おいおい、なんだよいきなり。朝からアニメとヘンタイの話かい?」
「見てないの? アニメの話でもヘンタイの話でもないわ。日本語の話よ」
「日本語ならアニメとヘンタイ以外にも知ってるぜ。ナルトだろ、イチローだろ、アリガト、サヨナラ、フジサン、ガイジンサン、ケッコンシテマスカ・・・」
「日本語にはね、マンスに当たる言葉がないんだって。代わりにムーンを使うの」
「なんだって?」
「ジャニュアリー、フェブラリー、マーチのことを、ワン・ムーン、ツー・ムーン、スリー・ムーンって言うの」
「ジェーン、いくらなんでもワン・ムーンはないよ。せめてファースト・ムーンだろ」
「それが・・・ファースト、セカンド、サードっていう言い方がないんだって」
「へえ・・・そりゃまたずいぶん・・・なんと言うか・・・大昔の話なんじゃないの?」
「いいえ。まぎれもなく現代の日本の話よ。日本語には、デイに当たる言葉もないの。代わりに・・・」
「おい、まさか・・・」
「ピンポーン。そのまさかよ。Sun を使うの。発音は "ひ"」
「OH・・・」
「しかも、日本語の "ひ" は、Fire のことでもあるの」
「そいつは・・・すごいね」
「On、Above、Over の区別もないの。全部、"うえ"。 Below、Under は全部、"した"」
「・・・」
「Need も Must もないんだって」
「え?」
「You must work は日本語で "あなたは・はたらかなくては・ならない"っていうんだけど、これはね、英語に直訳するのがすごくむずかしいの。"あなたにおいて・働かないという選択肢は・アベイラブルではない" だったかな。"あなたが働かないとしたら許されない" かな。とにかく二重否定」
「Must を使わずに Must の意味を表すには二重否定が必要だ、ってことか。大雑把なのか細かいのかよくわからないな」
「さらに、その後半を省略して "働かなくっちゃ" とかって言うんだって。"働かないとしたら"って意味」
「働かないとしたら? したら何?」
「だからー、"働かないとしたら許されない" の "許されない" を省略した形よ」
「結論を省略するの? なんで?」
「さあ・・・」
「それじゃ働く必要があるのかないのか、わかんないじゃないか」
「日本人にはわかるのね。テレパシーじゃないの?」
「さすがに昔の話だよな?」
「いいえ。現代の話」

◆◆

「日本人はビーフのことを、カウ肉とかオックス肉って言うの。ポークはピッグ肉」
「ははっ。それじゃチキンはコック肉?」
「それが違うのよっ!! 日本語でチキンはね・・・」
「ジェーン、なんだい? そのテンションは。期待しちゃうよ」
「・・・・バード肉だって!!!!!」
「ワオゥ! 最高だな日本人って」
「感動的なおおらかさよね。こういうのを日本語で "ドンブリカンジョー"って言うのよ」
「だけどジェーン、オレだって馬鹿じゃないんだ。彼らは古来農耕民族で、その・・・肉食関係には・・・」
「そうね。農耕関係は彼らの領域ね。ライスはコメ、ボイルドライスのことはゴハン、とかって、その辺のボリャブラリーは私たちよりも豊富みたい」
「そうだろ。ある言語のボキャブラリーの発達程度は、ライフスタイルによって・・・」
「だけど動詞が、すっごく少ないんだって」
「・・・あまり動かないライフスタイルなのかな?」
「英語の場合、名詞がそのまま動詞として使えることが多いでしょ。マップとか、スケジュールとか」
「グーグルとか」
「そうそう。日本語は動詞の、その、なんて言ったらいいのかしら・・・条件が厳しいのね。新しい動詞が作りにくいのよ。"レイン" に当たる動詞がなくて、レインがフォールする、とかっていちいち言うの。"ドリーム" も、ドリームを見る、とか。"結婚する"っていう動詞もないの。"マリッジをする"って言うの。"LOVE"だってないのよ。"LOVEをする"って言うの」
「よくそんなんで、ウォークマンを発明したもんだな」
「ウォークマンは発明じゃないわ。すでにあったものを組み合わせただけよ」
「だけど、なんか、その・・・会議が長引きそうな言語だね」
「それはわかんないけど・・・ジャンプっていう動詞は日本語で "とぶ" って言うんだけど、フライも "とぶ" で、スキップ、ええと、1、2、3と来て4番をスキップして5、とかっていう時のスキップも、 "とぶ" なんだって」
「Jump と Fly と Skip・・・」
「See と Watch と Nurse もよ。全部 "みる"」
「なるほど。Nurse は英語でも Watch って言うもんね」
「英語ってすごく繊細でしょ。日本人はすごく大雑把なの。Juice も Soup も "しる" だとか」
「そいつはクールだ」
「オーガズムに達することを日本語でなんて言うか知ってる?」
「ジェーン、ナイスな質問をありがとう。あー、んー、・・・・・・・そうだな、"Juice をする" かな」
「もっとシンプルな言葉よ」
「ははん、シンプルね。"Do" かな」
「正解は "Go" よ」
「・・・」
「すごいでしょ」
「ちょっと、鳥肌立った。詩人だよ、日本人ってのは」
「そうなの。私もね、最初はあきれて見てたのよ。なんて原始的で幼稚な言語なのかしら、って。だけどそうじゃないの。たしかに、物事を細かく分類して細かく名前をつけるのも知性のひとつのあり方だけど、分類しないっていうのも、尊重すべきひとつの文化なのよ。食事のためにいろんな形のナイフやフォークやスプーンを使うのも文化、なんでもチョップスティックで食べるのも文化。日本にはハンドバッグもボストンバッグもトランクもないのよ。何でもフロシキを使うの。それが彼らの、エコシステムなのよ」
「バッグがない? ほんとに?」
「ええ。確かよ。ゆうべの番組でそう言ってたもの」
「女子高生もビジネスパーソンも? 日本人ってルイ・ヴィトンのバッグが大好きなんだろ?」
「それは・・・投資目的じゃないの?」
「オレはアニメで "LANDOSELU" と呼ばれるバッグを見たことあるぜ?」
「まあ、例外はあるかもね。もっと凄いことを教えてあげる。"もの" っていう日本語があってね、それがね、Object っていう意味であり、同時に、Person の意味でもあるの」
「・・・」
「"Bigger One" っていう言葉も衝撃だったわ」
「"大きい方" ・・・????」
「どういう意味だと思う?」
「わかった。当てちゃってもいいのかい?」
「もちろん」
「巨根」
「ブーッ。ハズレ」
「巨乳」
「ブーッ。日本語の "Bigger One" にはね、ふたつの意味があるの」
「大金持ち」
「ブーッ。ハズレよ。ふふっ。ひとつはね、紙幣」
「・・・・へえ・・・・なるほど。もうひとつは?」
「ウンコ」
「・・・・からかってるのかい?」
「Oh !、グレッグ、ほんとなんだってば!!! あとね、生理のことは日本語でなんて言うか知ってる?」
「ジェーン、そんなセクシーな目でそんな・・・ええと・・・」
「Object of the moon とか、Touch of the moon って言うんだって」
「Oh... I feel something...mmm............」
「ブルース・リー?」
「ああ、Feel、それは Moonを指差すのと同じだ、とかいう名台詞があったな。だけど・・・」
「Zen?」
「そう、ゼンだ。水墨画の余白が宇宙を表すとか、ボンサイが世界を表すとか、まさにそういう世界観に支えられた言語だ」

◆◆

日本語が精緻で単語数が多い、という思い込みの背後には、多い方が必ず偉い、という思い込みがある。

語数が多いほど表現力が豊か、というのは、たぶん多くの場合に真理だろう。が、すべての場合ではない。例えば「人生」と「生命」は、英語ではどっちも「Life」だ。「人生と生命に関しては日本語の方が細かい」と言える。では、人生と生命に関しては日本語の方が豊かな表現が可能なのか。

そういう側面もあるだろう。しかし、そうでない側面もある。「Life is beautiful」というとき、「Life」には「人生、人だけでなく獣や鳥や魚や虫の暮らし、木々や草花の成長と新陳代謝、そして、生命そのもの」という意味がある。たった一語でそれを表現できる「Life」は、いわば、豊かで大きい言葉だ。「英語には人生に当たる言葉がない。代わりに "いのち" と言う」わけだが、このとき同時に逆も言える。「人生」と「生命」と「日々の暮らし」を包摂する「Life」に当たる言葉は、日本語には存在しない、と。

日本人は太陽を「ひ」と呼び、24時間単位の時間区分を「ひ」と呼び、火炎を「ひ」と呼ぶ。大和言葉にはそれらの区別が、ない。そして、区別する方が偉いかどうかは一概に決められない。我々が「日が暮れる」というとき、太陽が沈み陽射しが失われるという意味と、今日という一日が終わりつつある、という意味合いとを、無意識の裡に重ねている。「ひに当たって暖まりたい」というとき、ファイヤーとサンシャインを無意識に重ねている。「ひ」は、豊かな概念だ。「ひ」に当たる言葉は英語には存在しない、とも言える。

◆◆

「分類が少ないっていうことは、ひとつの言葉が大きな、豊かな、フレキシブルな、包摂的な概念だってことなのよ。だからハイクは、わずか17音で宇宙を包摂するんだわ。東洋の神秘には、理由があったのよ」
「フロシキのように?」
「そうっ、リョウアンジ・テンプルの石庭のようにね」
「ねえジェーン、これからフレキシブルに学校を抜け出して、ゼンの精神について語り合わないか? 僕たちならきっと・・・」
「きっと、なあに?」
「僕ならきっとジェーンのことを、"Go" させてあげられると思うんだ」
「まあっ、グレッグったら。ふふっ。私のこと "Juice" したいの?」
「決まりだ」
(音楽。画面はフェード・アウト)
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by nobiox | 2012-05-07 23:43 | ├自分用メモ | Comments(0) |
関係性とは。プラットフォーム化とは。
何故かかっこよく響く言葉、というのがある。例えば検索を「かける」とか。例えば「関係性」とか。

例えば先日のW杯アジア3次予選最終戦、日本対ウズベキスタンの代表戦の後、香川真司はインタビューに答えてこう語ったという。「あの位置(トップ下)に入ったからには、もっと攻撃のリズムを作ったり、スピードを上げなければいけなかった。センターサークル付近で受けたときはうまく前を向いてやれたところもあったが、エリア付近でなかなかボールをもらえなかったし、もらえても効果的なことができなかった。自分がもっと引き付けることだったり、周りとの関係性だったり、なかなかうまくいかなかった」

また例えば、ライムスター宇多丸は映画「ボーイズ・オン・ザ・ラン」について「やっぱ、あの秋葉原の駅のやりとりのとことかなんて、あれだけであの2人の関係性がわかるし、"イヤさ" も伝わるしっていうことで、見事だ」と語っている。

「関係性」とはなんだろう。

「熱帯性低気圧」と言えば、熱帯によくある、熱帯型の、熱帯的な、熱帯色の強い、熱帯固有の、あるいは熱帯由来の、熱帯っぽい低気圧、という意味だ。仮に「プロレス性」という造語を用いるとしたら、たぶんそれは「プロレスっぽさ」というような意味でしょう。「演歌性」は「演歌っぽさ」で、「漫画性」は「漫画っぽさ」でしょう。

しかし「関係性」は、「関係っぽさ」「関係的な」という意味ではないようだ。香川真司もライムスター宇多丸も、単に「関係」という意味で使っている。そうとしか、思えない。「周りとの関係っぽさがうまくいかなかった」「あれだけで2人の関係っぽさがわかる」では、なにを言ってるんだかわからない。

誰も朝食のことを朝食性だとか、電車のことを電車性だとか言わないのに、なぜ「関係」は「関係性」と言われるのか。たぶん、なんとなくかっこいいからじゃないか。たまにデスクトップのことをディスクトップとか、ロバート・フリップのことをフィリップと言ったりする人がいるけど、なんとなくあれと同じ匂いがする。

最近は「プラットフォーム化」が流行だ。プラットフォーム化という言葉の使用例を見ると、大抵は「価値を高める」という意味だと、最近ようやく気付いた。「価値ある基盤を築く」というような意味合いの英文を、何故か肝心の「価値ある」の部分を省略して、日本では「プラットフォーム化する」と言うのである。「ペナルティエリア」を「エリア」と略すのと同じような感じ。僕の理解ではそういうことだ。それは違うぞ、とお考えの方は、どうかコメント欄で教えてください。

◆ ◆

ちょっとググッてみて、なるほど、と思ったこと。
・「方向性」「内容性」というのもある。
・「具体性」というのもある。「具体性」なら僕も使うことある。
・もしかすると「方向性」も使ったことあるかも。方向と方向性の違いはなんだろう。
・さすがに「内容性」はないなー。意味がわからない。
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by nobiox | 2012-03-09 17:22 | ├自分用メモ | Comments(0) |
「デマかもしれないけど、いい話だからシェアする」は、そんなにダメなのか
日本の自殺 [「デマかもしれないけど、いい話だからシェアする」がダメな理由] という記事を読んだ。

ハーバード大学の張り紙の話なんて、そんな目くじら立てるほどのものだろうか。僕には、「土光敏夫は抜き刷りを作って財界人に配り(一応事実かどうか知らないという断りをつけてシェアしよう)」というのと、さほど変わらないと思えるんだが。
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by nobiox | 2012-02-19 14:58 | ├自分用メモ | Comments(0) |
趣味はうつるか
ハーヴァード大学の研究チームが大学生を対象に Facebook でのやりとりを追跡し、音楽や映画、本に関する好みがソーシャルなつながりを通してどう広がるのかを調査した結果、友人同士の好みが似通っているのは、友達になってからの互いの影響の結果ではなく、そもそも好みが似通っていたから友達になった、という場合のほうが多いことがわかったという。

「人の好みに関しては、『仲間の影響』といったものは事実上存在しないに等しい」とチームの1人Kevin Lewisは言う。氏は、Facebook上での大学生を対象とした調査の結果が万人に当てはまるわけではないと前置きしたうえで、この結果は人の好みの「感染力」に関して、世間で言われているような考えに冷や水を浴びせる見方を提供するものだと述べている。「人の好みがほかの人に移るうつる可能性は極めて小さい」と。

なお、ジャズやクラシック音楽のファンの場合は例外であることもこの研究でわかったという。

チームは「stochastic actor-based modeling」という統計学的に最も厳密なツールを用いてこの調査を行った。この研究では、まず手始めに1,600人の学生を対象として、彼らのFacebook上での活動を4年間にわたって追跡。さらに最終的には、4年間全体を通じて友人関係や好みに関するデータが取得できた200人の学生の例を選びだし、そのデータを分析したという。

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by nobiox | 2011-12-27 16:39 | ├自分用メモ | Comments(0) |
自炊代行は悪なのか
東野圭吾さんらの提訴に関する津田さん、おかざき真里さん、大原ケイさん、赤木智弘さんの呟きまとめ。 - Togetter

◆ ◆

愚かだとか自殺行為だとか建設的じゃないと言うけど、原告側を見下ろして非難・嘲笑してるこの人たちも、建設的じゃないという点では同じじゃないの。

出版社が潰れるのはまあ、いいとしても、物書きが食えなくなったらみんなの不利益だ。物書きの不安をバカにするより、その不安に寄り添う努力をすべきだ。

そもそも、AかBかで対立する議論に関して、A側の人がA側の意見だけをまとめる、というのが気持ち悪い。こういうときは、自分と逆側の意見を探す方がいいんじゃないか。逆側に上等な意見がなかったら、自分で逆側に立って、上等な意見を考える。で、その意見について改めて考える。僕はこれを、「ヘッドスライディングは遅いのか思考法」と呼んでいます。

◆ ◆

著作物が無制限に複製されたら物書きは食えない。だから複製は禁止されている。ただし、個人的使用の範囲でならまあ、いいでしょう、と。

その個人的複製を人に頼むだけでしょ何が悪いの、という感覚はわかる。僕にもその感覚はある。だが、事業として複製を請け負うのが個人的複製と呼べるわけないだろ、という言い分にも理はある。しかも1冊百円とか、スケールメリットを見込んだ値付けで。

定価500円の本を買ってきて、スキャンして、ひとり100円でデータを売る。5人に売れば元がとれ、6人に売れば利益が出る。これどう考えても違法でしょう。代行業というのは、見方を変えればそういう商売だ。東野圭吾の「売ってないから盗むのか」という発言が、世間では特に嘲笑の的になっているけれど、あながちピント外れではないと思う。はなからバカにするのは建設的でない。

イヤ、だから早く電子書籍をね、という話だが、イヤ、だから言ってるだろう、売ってないから盗むのか、と、東野圭吾は言うわけだ。ちょっとどうかとは思うけど、筋は通っている。

◆ ◆

で、この話は置いておいて電子書籍の話だが、物書きは無制限に複製されたら食えない、というところが怖いんだから、無制限に複製されるなんてことはありませんよ、という話を主にした方がいいんじゃないかと思う。電子書籍については。とか思ってたら、こんなニュースがあるのね。デジタルステージって、 BiND 出してるとこか。電子書籍付けることよりも、紙の本出してたのか、ということの方に驚いたりもする。

紙の本に電子書籍のライセンスを付けた「書籍++プロジェクト」がスタート

デジタルステージは、メディアクリエイター 平野友康氏の著書『ソーシャルメディアの夜明け』の出版を機に、新たな読書スタイルを提案していく「書籍++」(しょせき・ぷらすぷらす)プロジェクトを始動すると発表した。

本プロジェクトは、"紙の本を買うと電子書籍のライセンスも付いてくる"というコンセプトで、紙の書籍と電子書籍のハイブリッドな読書スタイルを提案するために発足。今回出版された『ソーシャルメディアの夜明け』を購入すると、電子書籍版を手に入れられるライセンスが2つ付与されるという。付与されたライセンスは、ひとつは購入者、もうひとつは購入者が誰かと"シェア"するためのものだとしており、 読者の共感したい思いを波及させていくねらいがあるとのこと。

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by nobiox | 2011-12-25 14:53 | ├自分用メモ | Comments(0) |
女性はなぜ美しいか

質問:なぜ女性は美しいのか?


▼回答日時:2010/10/04 11:02
「なぜ女性は美しいか?」の問いには、「女性は美しい」という前提がありますが、
本当に女性は男性より美しいのでしょうか?
美しいと感じる主体は何でしょうか?男性ですよね。
男性から見て美しく感じるのは当たり前なのではないでしょうか?

▼回答日時:2010/10/04 12:16
>なぜ女性は美しいのか?
気分としては理解できますが、とても一般化は出来ないと思います。

▼回答日時:2010/10/04 14:14
美しさの定義をせずにこの質問は成立しないと思う。
しかしながら、私見的解答をさせてください。あなたが女性を好きだから。


価値相対論でドヤ顔するのはちょっと違うだろう



女を美しいと感じるのはあなたが男だから、とか、美しさの定義をせずにこの疑問は成立しないとかいう説明には、全然リアリティを感じない。こういうみなさんは当然、クジャクやカブトムシやニワトリやライオンのオスがメスより派手であることも認めないのだろう。もちろん認めないのは自由だが、リアリティを感じない。私見ではクジャクのオスは、明らかにメスより派手だと思う。

ヒトの場合は、たしかにクジャクほど明らかではない。下の写真は2枚とも、KARAのみなさん。これだけ見ると、女性が生まれつき美しいのだとしても言うほどではなく、女性がとりわけ美しいのは人類が作り上げた女というフィクションを演じている間だけではないか、という気はしなくもない。個人の印象ですが。
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そこで「女が美しいなんていうのは自然科学における事実ではなく、社会的な刷り込みに過ぎないのだよ」と言って話を終わらせる人も多いが、アホかと思う。「ねえお父さん、どうしてマスコミは吉松育美さんに対するケイダッシュやバーニングの不法行為の疑惑を一切報道しないの?」「はっはっは、タカシ、そんなのは自然科学における事実ではなく、社会的な現象だよ」って、こんな解答でドヤ顔できるお父さんって、アタマおかしいだろ。

それに、女を美しいと感じるのは男だけじゃない。女は女同士で美を競うので、女は男以上に、女の美しさに敏感だ。ツイッギーとかヘップバーンとかの歴史的ファッションアイコンに夢中で憧れたのも、男よりはむしろ女じゃないか。女を美しいと感じるのはあなたが男だから、というのは、明らかに事実に反している。

ヒトは、オスも選択権を持つ



クジャクのオスが性的魅力をアピールするのは何故なのか。それは、プロポーズする側だからだ。クジャクもニワトリもライオンも、派手で立派なのはオスだが、イコール「偉い」のではなく、逆だ。派手で立派なのは「媚を売る側」だからであり、決定権を持つのはメスだ。

卵子は精子よりも希少なので、大抵の生物で、相手構わず見境なくプロポーズする(種をバラ蒔きたい)のがオス、選択権を持って相手を吟味する(貴重な卵子を有効に使いたい)のがメスである。オスの方が派手なのは、「選ばれるため」だ。メスからアプローチする種も例外的に存在する(例えばタマシギ)が、タマシギはメスの方が派手な外見を持っている。

ヒトは複雑な生き物なので一概には言えないけれど、おおむねオスが「相手構わず見境なくプロポーズする」側であり、実際にオスの方が立派な体格で、ライオンのようなヒゲも備えている。ヒトが特異なのは「メスの方が美しい」点ではなく、「オスの方が性的アピールをする側なのに、さらにメスもメスなりの性的魅力をアピールし、メス同士で魅力を競う」点だ。

クジャクのメスなんて、選ばれるための努力をなんにもしてないが、ヒトのメスは違う。肌、髪、肘、膝、踵、爪、ムダ毛、匂いを念入りにケアし、マニキュアとペディキュアを塗って乾くのを待ち、複雑な下着で身体を包みひらひらした服を重ねて、顔にファンデーションを塗って肌理を整えTゾーンをハイライトし、コンシーラーでシミソバカスを隠しアイシャドウを塗りアイラインを引きビューラーを使いマスカラを塗り頬紅をはたき口紅を引き、髪をブローして髪を梳き髪をまとめ髪飾りを挿し耳飾りを装着しネックレスを着け、仕上げにコロンをシュッとやって奇妙な歩きにくい靴を選ぶ。毎日それはもう大変な努力だ。「ヒトだけがオスメス逆」なのではなく、「ヒトだけがメスも頑張る」のである。何故か。「メスだけでなく、オスの側にも選択権があるから」だ。

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菊水健史は「ヒトだけが"資産の保有"ということをするので、ヒトのメスはリッチなオスに選ばれることが大事になったと述べている。「資産の保有」が原因で「リッチなオスに選ばれたい」が結果だと。それはどうかなあ。強いオスの種子をメスが欲しがるのはヒトでもヒト以外でも共通じゃないか。資産うんぬんとは無関係に「選ばれることが大事」な点がポイントだと思うんだけど。多くの動物のメスは、いいオスのプロポーズをただ待っているだけで、いいオスの種子をもらえる(このことの意味をオス側から言うと、多くの動物において、あぶれて子孫を残せない可哀想なオスはたくさんいる)。ヒトのメスは、欲しくても、選ばれないともらえない。

どうしてヒトは双方に選択権があるのか、理由はいろいろ考えられる。子育てにコストと年月がかかるので、メスはオスをつなぎ止めておく必要があること。同じ理由でヒトのメスだけがオスの浮気を怖れ、オスのヤリ逃げは許容されないこと。ヒトだけが自己意識を持つので、本能だけでルールが決まるわけがなく、双方に選択権が生じるのは当然だということ。何世代にもわたる集団生活をするので、あぶれるオスがあまりに多いと暴動が起きる(メスだけに選択権がある場合、一握りのエリートオスが集団内のすべてのメスを独占することになる)、ということ。何世代にもわたる集団生活をするので、あまりに異母兄弟が多いと(一握りのエリートオスが集団内のすべてのメスを独占すると)遺伝的にマズいこと。

ちなみに「メスだけに選択権がある場合、一握りのエリートオスが集団内のすべてのメスを独占する」というのは、集団生活をする生き物すべてに言えることだ。弱い遺伝子を淘汰するという意味で、それは基本的には悪いことではない。だがそれがあまりに貫徹されると、今度は多様性が確保できないという意味でマズい(多様性のない集団は、強そうに見えても疫病とかに弱い)。「発情期」の存在にはいろんな意味があるのかないのか知らないが、ひとつは、淘汰があまり貫徹されないための安全弁として働く。例えば皇帝ペンギンは巨大なコロニーを作って生活するが、発情期は一年の間のごくごく短期間だ(よく知らないことをてきとーに書いてます)。如何に生命力が傑出したエリートオスでも、短期間のうちにすべてのメスと交尾することはできない。そこに、弱いオスたちが子孫を残すチャンスが生まれる。ヒトのメスにも「生理が移る」という現象があって、やはり多様性の確保に役立つのではないかと考えられている。名著「ヘッピリムシの屁」に、そんなことが書いてありました。「生理が移る」としても、ヒトの場合は発情期というか妊娠可能期が年に12回もあるので、メスだけに選択権がある場合、一握りのエリートオスの独占可能性はより高いのではないか。

ちなみにヤリ逃げが許容されないのは人間だけではなく、雌雄共同で子育てをする生き物はいろいろいる。しかしそれは自分の遺伝子を絶やさないために本能でやってるわけで、別にメスがメスの魅力で引き止めているわけではない。期間もヒトに比べれば圧倒的に短い。20年にわたって子育てする、なんて生物はヒト以外にはいない。20年も拘束されるなら選り好みするのも当然だろう。

女性の性的魅力はなぜ、(ヒトから見て)美と感じられがちなのか。



性的魅力と美しさの関係はよくわからない。華奢だとかたくましいとか優しいとか生活力があるとかギターがうまいとか、人それぞれいろんなことに性的魅力を見いだす中で、美しさも性的魅力のひとつだ。そう考えると、美は性的魅力の一部のように思える。しかし、美しさにもいろいろある。優しく可憐な美、というのも確かにあるが、力強さやたくましさだってずいぶん昔から美と考えられているのはギリシャ彫刻を見れば明らかだし、正義や友情や根性や献身も(『走れメロス』を読めば明らかなように)美談とされる。そう考えると、性的魅力は美の一部のようにも思える。

両者とも互いの一部だとしたら、あの、ふたつの円が半分ずつ重なったベン図で表されるような関係、ってことだろうか。「ヒト界では友情や根性や可愛いと並んで、"セクシー"も美とみなされる」と考えるのはどうだろう。かつ、他の生物に比べて"セクシー"の表現形が圧倒的に多彩である、とかなんとか。いや、ちょっとよくわからない。











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by nobiox | 2011-11-22 07:07 | ├自分用メモ | Comments(4) |
上戸彩に会った。
今日、生上戸彩を見た。50センチの距離で。新宿御苑で。どこかに「絶対零度」と書いてあった。

新宿御苑に「NUTS」というラブホテルがある。それと関係あるのかも知れない。「NUTS」に入ったことはないけど、外観がなんとなく都会的で絵になる。外観が、たしか「高校教師」でも使われた。外観がテレビドラマに使われやすいラブホテルなんだと思う。

僕、上戸彩さんのことをむちゃくちゃ好きなんですよ。だから、え? 上戸彩じゃね? え? ちょっと、まじ本物じゃね? と思ったときには心臓跳ね上がりました。うわあ。だけど至近距離で生で見た主な感想は意外なことにときめきではなく、「やせ過ぎ」「白過ぎ」でした。ううむ。

いや、もちろん応援してます。大好きです。
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by nobiox | 2011-09-17 20:51 | ├自分用メモ | Comments(0) |
うちの韓流好きには困惑でござる
コデラノブログ4 : フジテレビの韓流騒動について

これまでのフジテレビの火付けは、スマートだった。いや実際にはスマートとは言えない部分もあったが、少なくとも仕掛けに行っていると大半の視聴者にバレない程度には引きどころをわきまえていた。しかし今回の韓流ゴリ押しは、多くの視聴者が「そんなわけないだろ」というレベルにまでエスカレートした。

もう一つ反感を買っている原因は、売ろうとした商品が「韓国」であったこともあるだろう。日韓の関係は従軍慰安婦問題から竹島、ワールドカップ、オリンピックまで、非常に摩擦の多い間柄である。日本には少なからず反韓感情は芽生えているだろう。これまで作ってきたブームは、無風の中から立ち上げてきたが、今回は逆風をひっくり返そうというのだから、大変だ。

韓流ゴリ押しには、非常に大きな圧力がかかっているのも、また事実であろう。例えば「笑っていいとも!」のランキングによるゴリ押しだけ考えても、おおごとだ。最近は視聴率が下がっているとは言えあれだけの長寿番組のプロデューサー、ディレクター、構成作家、大物出演者まで全部ネゴして回らなければ、あれだけのことはやってのけられない。

この人の文章いいですね。端正で冷静で無駄がない。こうありたいものだ。ただ、「笑っていいとも!」のランキングが「ゴリ押しに決まっとる」という断定には疑問もある。少なくともそういう例を、ひとり知っている。うちのヨメだ。ちなみに50代です。

「韓流にもそれなりに需要があって人気もある、ってのはわかるよ。週末の夕方に新大久保あたりを歩いたらもうギャルと旧ギャルで竹下通りみたいになってるもんね。韓国ドラマはライセンスが安い、ってのもわかる。単純に自社コンテンツを売りたい、商売だ、というのもわかる。だけど最近のフジテレビのやり方はなんか不気味で、おいどういうつもりなんだよと、オレでも陰謀説を信じたくなるような」
「どんな?」
「カツオ君の部屋に貼ってあるポスターが東方神起だとか」
「ブハッ、ほんと?」
「こういうのとか」
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「なにこれ、ドラマ?」
「うん。東海テレビ制作の真珠婦人枠のドラマ」
「kara? サブリミナルってヤツ?」
「あとさー、笑っていいともに世代別アンケートコーナーってのがあってね、『美人女優と言えば』とか『行ってみたい国は』とか、毎回なにかしらテーマを決めて世代別各100人だかにアンケートして、集計して、タレントがそれを当てるの。『美人女優と言えば』60代アンケート結果の1位は吉永小百合、とか。10代1位は北川景子、とか。で、好きな鍋料理は、っていうテーマの日があって」
「なべ?」
「うん。あなた、好きな鍋料理と言えばなんですか」
「キムチチゲ」
「・・・・・・・え?・・・・・・・」
「キムチチゲ」
「マジ?」
「え? おいしいじゃん」
「すまん、チゲって何ですか」
「鍋」
「キムチ鍋がいちばん好きなの?」
「おいしいじゃん」
「・・・わかった。悪かった。なんでもない」

・北野武「いやなら見なきゃいいんじゃねーか」
・深水黎一郎「嫌なら見るな」では議論にならない。
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by nobiox | 2011-08-15 17:55 | ├自分用メモ | Comments(0) |
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