「ダークナイト」
★★★………おもしろかった

かつての勤務先にはミニコンポが置いてあり、我々従業員はカセットテープで好きな音楽をかけていいことになっていた。極々まれに、社長がその音楽にコメントすることがあったが、コメントは基本的にいつも同じだった。「おもしろいけど、ビートルズを超えてはいないね」。

アホか、と内心思っていた。例えば「ウェザーリポートのファンがクラッシュを聴いてダサイと思う」とか「ベン・E・キングのファンがジョン・レノンの『スタンド・バイ・ミー』をダサイと思う」、というようなことなら理解はできる。「ダサイ」なら判るのだ。しかしルー・リードを、或いは最新型のピチカートファイヴを、老人は「ビートルズを超えてるかどうか」を基準に評価するのか。アホか。それは現役のグラビアクイーンを「マリリン・モンローを超えてるかどうか」で評価するのと同じようにアホらしい。現在マリリン・モンローはいない。だから「マリリン・モンローを超えてるかどうか」なんて基準自体がアホらしい。我々は生きているのであり、生きている以上は新しい刺激を求める。それが「かつて存在したスターを超えているかどうか」など、まったくどうでもいいことだ。

・・・・・・と、内心思っていた。あの頃オレは若かった。世の中的にカセットテープは現役だったし、携帯電話なんてものはまだほとんど普及していなかった。あれは20年ちょっと前だろうか。

今日、映画「ダークナイト」を観た。観ている間、かつ、終わったあと、オレはずっとこう思っていた。「じつによくできているが、ブレードランナーを超えてはいない」。ブレードランナーと較べてくれ、なんて誰にも言われてないのに。ああなんてことだ。歳をとったんですねー。だけどしょうがないじゃん、歳とったんだから。それに、やっぱ似てるのよ。映像の質感も、音楽の雰囲気も。いったんそう思ってしまったらもう思い込みのせいか、すべてがそう見える。ラストなんて、主役が何処へとも知れず逃げて行くシーンで終わるのである。そこにかぶさるヴァンゲリスふうな音楽。わざとやってるのかと思ってしまう。

「ブレードランナー」とはどんな映画か。数体のアンドロイドが自我に目覚めて逃走し、密航して地球に戻って来る。体内に仕込まれた寿命タイマーを、自らの製造元に押し入って解除するつもりなのだ。孤独な警官がそのアンドロイドを探し、追い、戦う。それだけだ。「ダークナイト」も「スター・ウォーズ」も、脚本だけ見ればこれより遥かに複雑で緻密だと思う。私など、これだけ聞けばとても映画一本になる話とは想像できないだろう。しかし、なるんだねー。まさにマジック。あれからオレは、お前たち人間が想像もできない映画を見てきた。オリオンの三つ星のそばで燃え上がる宇宙船、タンホイザー・ゲイトのオーロラ、宙を飛ぶ正義の味方、信じた人の変心に泣き喚く美少女。そうした映画もいつかは消える。雨のように、涙のように。そしてブレードランナーだけが残る。このことはブレードランナーの中で既に予言されていた。「ひとつでじゅうぶんですよ」と。ご存じのようにこの台詞は「GANTZ」にも登場する。

と、いう前書きで、ブレードランナーを語るつもりで書き出したんだけど、これ以上語る力がないし、これだけ書けば気分的にはじゅうぶんなので、ここで終わります。
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by nobiox | 2008-09-06 22:24 | ├映画 | Comments(0) |
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