どんなには・なーれーてても
2007年5月27日、「ZARD」こと坂井泉水さんは入院中の病院で階段から転落、頭を打ち、脳挫傷で亡くなった。「ちょっとした弾みで後頭部を強打して死亡」というのはゴールデンタイムの2時間ドラマにも昼の30分ドロドロドラマにもしょっちゅうある設定だが、現実には珍しい。しかもそれがカリスマ有名シンガー。「奇跡の天才投手が宿舎の階段で足をすべらせて咄嗟に手すりを掴んで結果として肩を脱臼、関節唇損傷」と同じくらい珍しいのではないか。

6月26日というからほぼ1ヶ月後、坂井泉水さんを「しのぶ会」が開かれた。それを伝えるトーチュウの記事の中で、代表曲「負けないで」の作曲者、織田哲朗さんのコメントが載っている。

メロディーを作る側としては(歌詞の)『どんなに離れてても』の『は』で切るのはおかしいと思ったが、聴くうちにそこがいいと気付かされた」と坂井さんの感性をたたえた。

・・・なるほど。例えば

   「いつまでも・あーいしてるよ」

であれば、言葉の切れ目がメロディの切れ目と一致するわけだが、それを

   「どんなには・なーれーてても」

とされて、言葉の切れ目とメロディの切れ目のズレに違和感を覚えたのだと。おかしいと思ったが押し切られたと。あえて追悼コメントにまでそれを言うんだから、よほど強烈な違和感だったんだろうか。しかし、聴いてるうちにそこがいいと気付いたのだと。なるほど、そういうことはあるかも知れない。かつて秋元康も「セーエーラ、フウックを」「脱ーがーさ、なーいで」について、「フウックを」っていう不自然なところが「フックになって」売れたんじゃないか、と語っていた。
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by nobiox | 2007-06-30 06:09 | ├音楽 | Comments(0) |
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