プロ野球ファンはなぜ淋しいのか
遠くで蝉の声が聞こえていた。ドイツW杯決勝トーナメントは、すでにドイツとイタリアの準決勝進出が決まっている。7月1日深夜、ポルトガルがPK戦でイングランドを破り、2日未明、フランスがブラジルを下し、四強が出揃った。
2日の朝、法事のため妻の実家にいた。フランス対ブラジル戦はどうなったの、と姪っ子に訊かれ、アンリのゴールでフランスが勝った、と答えた。数時間前に新幹線車内の電光掲示板でそのニュースを知ったばかりだったのだ。日頃あまり年の離れた人と接する機会がないので、へえ、ふつうの女子中学生もW杯を見てるのか、と、そんなことがなんとなく新鮮だった。

蝉の声、というふうなどうでもいいところからあえて書き出すこのようなやり方は、文章に文豪風味を加えるための常套手段で、スポーツノンフィクションの世界でも多用される。多用され過ぎだと思うんだが、ちょっと真似してみました。

滞りなく法事は終わり、食事会になった。義母が、兄弟姉妹を相手にW杯の話をしている。ベッカムは可哀想だったねー、怪我しちゃって。PKにも出れなくて。ねえ。それにしてもジダンはほんとに引退しちゃうのかしら。まだまだやれそうなのにねえ。もったいないよねえ。すうごく、もう、キレのある動きしてたよ。ほんと。まだまだやれると思うよ。ねえ。

驚いた。義母も、その兄弟姉妹も70代のジジババですよ。それが、煮物やら梅酒ゼリーやらを口に運びつつジダンを語る。女子中学生もジジババもW杯を見る。なんと素晴らしいことだ。ちなみに頭突き事件は、この一週間後に起きる。



2006年10月7日、友人の新居お披露目会があって男女30人ほどが集まった。ちょうどプロ野球ペナントレースは大詰めを迎えていた。しかし、当たり前だが誰も野球の話なんかしない。試しに聞いてみた。なあ、君たちはプロ野球なんか見ないんですか。中日ドラゴンズの優勝が明日にも決まるかも知れないというのに。ポンちゃんが答えた(みんな、私が名古屋出身で中日贔屓だということは知っているのだ)。「え、あ、中日優勝しそうなの? ・・・監督ダレだっけ? 二位はどこ?」。おお、もう、、、

かつてポンちゃんは西武ファンだった。私の引っ越しの手伝いに来てくれる約束を、スッポかされたことがある。西武対巨人の日本シリーズで、三塁を守る西武清原が泣き出した日だ。いや、一塁だったっけ? 翌日、スマン、完全に忘れていた、清原が泣くのを見て感動してもらい泣きしてた、と言われたのを覚えている。そのポンちゃんが、2006年10月、西武ライオンズとソフトバンクホークスがプレーオフ第1ラウンドを戦っている最中であることすら知らなかった。だって、新聞に書いてあるだろうが。なぜ知らないんだ?

それ以上聞かなかったけど、たぶんポンちゃんは中日ドラゴンズのセカンドも、ショートも、ライトも、四番ファーストも知らないんだろう。ヒデノリくんなんて、聞いたこともないんだろう。なんてこった。・・・と、いうような話をマクラにプロ野球の未来を憂えたりしようと思ったんだけど、なんかもう、いいや、そんなことは。



プロ野球の魅力を知らないなんて可哀想な人たちだ、という気持ちが、なくもない。少しはある。イヤありますよ。あの、息を呑む二遊間のスペクタクルを、あの蔵本上等兵の少林サッカーみたいなアストロ超人みたいなプレーを、中里篤史の魔法のストレートを、知らずに死んでいくなんて。そういう気持ちはもちろんあるが、しかし正直それより、不思議な気がする。プロ野球なんぞに振り回されず一喜一憂せず心穏やかに送る人生。新聞のスポーツ欄なんか気にしない生活。それがじつは、意外にもすぐそこにある。すぐそこにある別世界。そういえば私も2003年以前には荒木も井端もほとんど知らなかったし、まして蔵本英智なんてまったく知らなかったので、じつはポンちゃんと大差ないのである。
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by nobiox | 2006-10-10 14:19 | ├野球以外 | Comments(5) |
Commented by 念仏の鉄 at 2006-10-12 12:27 x
プロ野球は、かつては「無条件で誰でも知っている話題」の座にありながら、いつのまにかそこから滑り落ちて「一部好事家の娯楽」になりつつあるようですね(昭和の昔にその座にあったものは、全部滑り落ちてしまったのかも知れません)。
サッカーのワールドカップについては、7月に都内某所の料亭で芸者のおねえさんたち(推定60代)が「毎晩サッカー見て寝不足よね」と話し合うのを聞いて愕然としました。いつのまに世の中そういうことになったのか。2002年の地元開催は、もともとサッカー好きの人間には想像のつかないほどの影響を国民に及ぼしたようです。

しかし一方で、姪っ子さんも義母さんもその兄弟姉妹さんたちも、昨年のJリーグの優勝クラブは知らないんじゃないでしょうか。ワールドカップと比べるならWBC、という気もします。あるいは甲子園か(笑)。
Commented by nobiox at 2006-10-13 11:58
60代のおねえさんたちが毎晩W杯見てたという話も、それを聞いて愕然とするのも、ハゲしくわかります。

プロ野球ファンに最後までつき合ってくれるのは銀座とかの夜のおねえさんたちだろうか、と思ったりしますが、彼女たちもすでに、W杯は見ても日本シリーズとかは見ないのかも知れませんね。ちなみにポンちゃんはWBCも甲子園も見てないと言ってましたが、たぶんウチの義母はWBCは見たに違いありません。
Commented by fate7219 at 2006-11-15 11:13
野球人気が下がったのは「チケットが手に入らない」のが一番の原因なのでは?と思っている一人です。
Commented by nobiox at 2006-11-21 17:43
おお、さすが生観戦マスターのご意見ですね。

掲示板で「地元のファンはもっとナゴドに行け、オレは東京だから無理だけど」とかいう発言を見るたびに(けっこう見るんですよ)、あんたはfateさんのブログをスミからスミまで読め、読んで、それでもう一度同じセリフを言えるのか、と思います。

年に数回神宮でヤクルト戦を観るだけのニセ野球ファンの私にはよくわからないのですが、以前に比べてチケット入手しにくくなってるのですか。いつから、どういう原因ですか。「チケットが手に入らない」と聞くと「すごく人気があるってことか」という気もするのですが。
Commented by fate7219 at 2006-11-22 09:51
ありがとうございます。
チケットが手に入らないのは「○○屋」がいなくなったこと、
転売目的の人が非常に多いこと、ネットぢゃないと買えない、とか。
日本シリーズの第3戦、札幌ドームはホントにひどかったんですよ。

一番はやっぱり、ある程度強いと、にわかが増えるってことぢゃないかと、笑

これだけのサイトが作れるかたは決してニセファンぢゃないですよ。はい。
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