プロの育成能力はなぜ低いのか。
大学(または社会人)野球の選手のうち、プロに指名されるのはほんのひと握りだ。特別な輝きを放ち突出した数字を残したスターだけが、ドラフト会議で指名を受ける(のかどうかほんとうはよく知らないが、ここではそういうことにしておこう。鎌田圭司とか普久原「カモシカ流」なんか特に突出した成績だったのか疑問だが、よく知らないのでここではそういうことにしておく)。だとすると、 大学(または社会人)経由でプロ入りした選手と、その四年前にプロ入りした二軍選手を比べる、ということは、「傑出した大学選手」と「プロの二軍選手全般」を比べていることになる。それってもしかして、比較の基準がおかしいのかも知れない。「大学野球」と「プロの二軍」がだいたい同等のレベルにある、と仮定するならば、明らかにおかしい。「傑出した大学選手」と比べるのは「傑出した二軍選手」でなければならない。そうやって比べれば、プロの育成能力もそんなに悪いもんじゃない、という見方も成り立ちそうな気がする。

だいたい、「大学野球界で案外伸びなかった選手」というのがいたとして、例えば仮に高岡一高のエース高橋聡文が早稲田に進んでいたとして、そこで四番手にしかなれなかったとしても、そういう選手はあまり話題にのぼらない。プロの指名を受けないからだ。つまり、プロで伸びなかった選手は目立つが、大学で伸びなかった選手は忘れられる。したがってプロの方ばかりが過剰な批判を受けやすいのかも知れない。

と、いちおうプロ擁護論も考えてみた。だがしかし。特別な輝きを放ち突出した数字を残した高校球児はあらかたプロに持って行かれ、その残りでやるのが現状の大学野球だとすれば、「大学野球とプロの二軍がだいたい同等のレベルにある」などと仮定することにはそもそも無理がある。と言うか、突出した高校球児を集めておいて大学野球と同等レベルだとしたら、そのこと自体がオカシイじゃないか。やっぱりプロの育成実績には疑問符がつく。ような気がする。

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『ドラフトを中心に野球界を見る』というブログを通じて、こんな論文を知った。
| 直撃インタビュー | 黒田次郎(日本体育大学スポーツ局スポーツ専門職) |
ゲンダイネット / 2005年12月3日 掲載

ドラフトも終了し、オフシーズンへと入ったプロ野球界で今年6月に発表された、ある論文が球界に波紋を広げている。その論文とは日本運動・スポーツ科学学会で発表された「日本プロ野球のドラフト制度に関する研究」(ドラフト制発足の65年から03年までの資料に基づく)。プロ入りした高卒選手の約3割が一軍試合未経験で引退。さらに73%が投手なら3勝、野手なら72安打以下で引退という衝撃的な内容だ。日本体育大学スポーツ局に勤務する著者の黒田次郎氏に話を聞いた。

——なぜここまで高卒の選手が活躍できないのですか?
「いろいろな要因がありますね。まず高卒選手は主に育成目的で選ばれますが、今はその育成が重視されなくなってきているということがあります。論文中では“一軍試合経験なし者の平均在籍年数は4.02年”と書きましたが、81〜91年は4.6年。しかし過去3年では3.6年と、1年も短くなっています。これは93年に導入されたFAと逆指名(現在は希望枠)が関係している」

——と、いいますと?
「選手年俸と入団時の契約金高騰により球団が1人の選手にかける金額が増額したことが原因です。各球団は育成目的の高卒を削減し、大卒・社会人の即戦力重視に切り替えた。それにともない、選手を見極める年数も短くなったということです」

——育成システムそのものはどうでしょうか?
「社会人野球の方が上です。野球が導入された92年のバルセロナ五輪のときから世界を視野に入れていたからでしょう。多方面から情報を集め、良いものを取り入れた結果、育成システムはプロをしのぐものになった。現在のスポーツ界は緻密で理論に基づいた科学的トレーニングが主流ですが、プロ野球では自分の経験に頼っているだけのコーチが少なくない。また、自分の技術を選手に的確に言葉で伝えるためのコミュニケーション能力も不足していますね」

 結果を残せず引退した選手(投手なら3勝以下、野手なら安打72本以下)の割合は、高卒が73%。それに対し高校あるいは大学を経た社会人出身は51.1%と20%以上の開きが出た(論文のデータを基にした日刊ゲンダイ本紙調べ)。


プロの育成能力はなぜ低いのか。たぶん、黒田氏の挙げる理由は的確なのだろう。しかしそれ以上に明らかに、「プロの二軍」に欠けているものがある。チームとしての真剣勝負だ。

大学野球には大学野球の、社会人野球には社会人野球の、それぞれのリーグ戦なりトーナメント戦なりがある。日々の鍛練の汗も涙も、優勝を勝ち取るためなのだ。そのために自分を鍛え、長所を伸ばし、欠点を克服し、先輩を押し退けてレギュラーの座を掴み、さらに己を磨いて、チームとしての高みを目指す。つまり、自己満足のために自分を高めたい、という動因と、チームとしての満足のためにチーム力を高めたい、という動因とのふたつが働く。プロの二軍選手にも前者はあるだろう、しかし後者がない。もちろんプロの二軍もリーグ戦をやる。しかし二軍で優勝して感激で泣いた、なんて選手は、たぶんいない。「所詮二軍」だからだ。チームスポーツには個人的な目標と併せてチーム目標が必要で、それがないと、いまいちモチベーションがMAXにならないのではないか。プロの二軍にはそこが決定的に欠けている。

チームスポーツに限らず、求道者としてひたすらに自己を磨くことを「大目標」、大会での勝利を「中目標」と言い換えれば、「ふつうの人間には大目標と併せて中目標を与えた方が伸びやすい」ということも言えそうだ。例えば大相撲に「横綱」「小結」「前頭何枚目」とかいったランキングシステムがなく、夏場所とか秋場所とかの区切りもなく、毎日ただひたすら勝利を目指すのみ、だったらどうだろう。その状態で高いモチベーションを維持できるのは、よほど強靱なエゴを持った孤高の天才だけではなかろうか。例えば落合博満、中田英寿、イチロー、宮本武蔵、みたいな感じの。ふつうの人間は「ただひたすら自分を磨く」なんて漠然とした目標だけでは、自分を支え切れないような気がする。スポーツにおける「大会」の存在意義はそこにもある。

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もうひとつ。チームとしての真剣勝負もないが、というか、ないことが理由かも知れないが、プライドもない。大学チームの主力選手は主力としてのプライドを持っているに違いないが、プロの二軍の主力選手は「二軍でもがいている」くらいに感じるのではないか。六大学リーグで優勝して「所詮大学野球」なんて思う選手はまずいないだろう。しかしプロの二軍選手はどんな時も不断に思っているハズだ、「所詮二軍」と。プライドが高いのも低いのも一長一短だろうが、伸び盛りの時期に自分を「所詮○○」と自己規定することには、マイナス面も大きいのではないか。

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ではどうしたらいいのか、ということになるが、いまのところ残念ながら、何もいい知恵は浮かびません。

何もいい知恵は浮かばないが、少なくとも、プロ野球側は怠慢だと思う。プロ入りした高卒選手のうち、一軍試合未経験で引退するのが何割か、とか、投手なら3勝以下で引退が何割か、とか、では大学、社会人経由はどうか、とか、そんなことはその気になれば誰でも(例えば私でも)ネットを通じて調べられるではないか。その程度の情報が「衝撃的な内容」とか言われてしまうのは、プロのスカウトがその程度の基本的な統計すらとってないということなのか。それとも、知ってたけどマズイから隠してたのか。どっちだとしても、どうかと思う。

それと、書いてるうちにひとつ思った。問題は「プロの育成能力」というよりも、「プロの二軍の育成能力」ではないか。二十歳前後の時期を一軍で過ごした選手は、かなり高い確率でかなりの高給取りになる(もちろん例外はある。沖縄の星、奇跡の快腕上原晃とか)。たぶん炭谷銀仁朗も大スターになるだろう。「プロの一軍」の育成能力は、低いどころか、極めて優秀だ。「プロが一番優秀なんだから、優秀なとこで鍛えられるのが一番いいに決まっている」という一般的な認識は、「プロの一軍」に限ってならば、かなり正しい(プロの一軍レベルまで行くことを「育成」と呼ぶんだから、そんなロジックは不毛だ、という御意見もありましょうが、まあ置いといて)。疑問なのは二軍の方だ。

高校球児には甲子園があり、大学野球には大学野球の、社会人野球には社会人野球の、それぞれのリーグ戦やトーナメント戦があり、プロの一軍にはペナントレースと日本シリーズがある。プロの二軍にだけ、そういう「燃えるイベント」が欠けている。この点が育成能力の低さの主な理由なのかどうか、ほんとうのところは私なんかにはわからないが、この点の根本的な解決策は存在し得ないような気がする。とりあえず、以上のようなことが世間でふつうに認識されるのがいいと思うんだが。

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ところで森本ヒチョリは「松坂世代」なんですね。98年ドラフト4位、今やチームの顔だ。こういう素晴らしい例も存在する。
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by nobiox | 2006-09-24 18:46 | ├野球 |
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