完全ネタバレ「火車」全ストーリー
ブックオフで単行本が100円だったので買ってみました(ちなみに文庫本は550円だった)。こんな分厚い小説、たぶん途中でやめるだろうな、と思いつつ買ったのに、意外なことに2日で読了。その後1週間でまた再読。できれば、この記事は読まない方がいいですよ。いちおう警告。




00
1992年1月20日(月)雪の降る夜。刑事(本間俊介、団地住まい、犯人に脚を撃たれて休職中)が、遠い親戚(女房の従兄弟の息子。栗坂和也29歳銀行マン)から人探しを頼まれる。失踪したのは彼の婚約者、関根彰子(せきねしょうこ)28歳。和也の取引先の事務員。つき合って1年4ヶ月。クリスマスに婚約したばかり。ただし和也の親は反対している。彰子は天涯孤独で身寄りなし。宇都宮出身で、高卒で上京して今は方南町のアパートに一人暮らし。

結婚を決めて、ふたりで家具とか買い物してるうちにクレジットカード持ってないことがわかったので、作るように勧めた。彰子もすんなり承知して、申し込み用紙にいろいろ記入。僕はそれを銀行系列のカード会社へ回した。したら数日後、そのカード会社の同期から電話かかって来て、カードは作れんと。つか、この女ヤバいよと。銀行系と信販会社系、両方のブラックリストに載ってるよと。はぁ? 彼女はクレジットカードを持ったことがないんだぞ、そんな人間がどうやったらブラックリストに載るんだよ、と。だけど載ってるんだからしょうがないだろ、と。

さらに調べてもらったら、1987(昭和62)年5月付けで信販会社に郵送されて来たワープロ文書「関根彰子に依頼された弁護士です。関根さんは自己破産手続きをしましたのでもう取り立てやめてね」というのが出て来た。彼女は5年前に自己破産してたのだ。文書を本人に見せたら否定せず、ただ青ざめた。

青ざめて、これには深い事情があるの、少し時間をちょうだい、と。それが5日前。で、そのまま翌日から音信不通。説明もなく、弁解もなく、言い争いもなく。勤務先も無断欠勤。方南町のアパートからは最低限の衣類やら通帳やらだけが消えていた。僕は親にも職場にも内緒で探したい。だから興信所には頼めない。おじさん頼むよ。

01
1月21日(火)以下すべて刑事視点。ただ、刑事とは書くけれども、休職中の刑事には警察手帳見せたり刑事だと名乗って捜査したりする権限はなく、その意味では無力な一般人。その一般人の刑事が、まず関根彰子の勤務先へ。今井事務機。新宿の雑居ビルの2階で、従業員は社長、関根彰子、みっちゃんの全3名。関根彰子の履歴書ゲット。顔写真付き。美人。履歴書の日付は1990(平成2)年4月15日。

履歴書にある前勤務先を調べたら、3社とも架空の会社だった。

自己破産通告を書いた弁護士溝口悟郎を訪ねる。5年前に自己破産した関根彰子は、2年前、死んだ母親の保険金のことで相談に来ていた(1月25日)。当時の勤め先は新橋のスナック「ラハイナ」、住所は川口市。そして。念のため履歴書の写真を見せて確認をとると、今井事務機に勤めていた女は、関根彰子(本物)とは別人であることが判明。以下、女を「偽彰子」と書く。

方南町の偽彰子のアパートを調査。ところで刑事の亡き妻は、換気扇はガソリンで掃除するのがいちばん、という主義の人だった。この日ベランダでガソリンの小瓶を発見し、妻と同じ流儀を持つ女に少しシンパシーを抱く。ガソリン瓶以外の成果は、和也と撮った写真アルバム一冊のみ。アルバムから、住宅展示場のポラロイド写真を発見。

02
1月22日(水)方南町の役場で、偽彰子の住民票と戸籍謄本を入手。戸籍は2年前の4月1日に、宇都宮から方南町に分籍されていた。1990年1月25日、彰子(本物)は弁護士に会い、以後は消息不明。偽彰子は4月1日に戸籍の手続き、4月15日に今井事務機で面接。戸籍を乗っ取ったのだとすると、その間だ。

他人の戸籍を乗っ取るに当たって想定される障害(国民健康保険、生命保険、雇用保険、免許証、パスポートなど)に関して、団地階下の住人伊坂夫妻と問答。

川口市「コーポ川口」へ。弁護士事務所の記録から考えて、ここに住んでいたのが本物の関根彰子なのは間違いない。大家は紺野信子。関根彰子は1990年3月17日(土)に夜逃げしていた。しょうがないから残された家具とか服とかはガレージセールやって売った。アルバムだとか書きかけの家計簿みたいなものは売れないし捨てるのも気持ち悪いので小さな段ボール箱にとってある。その中に手書きの電話番号のメモ。「ここにかけてみたことはありますか?」「ええ。関根さんの友達かも知れないと思って」「どうでした?」「ここにかかったの」と大家は、ぽんと段ボール箱を叩いて見せた。「え?」「ローズラインですよ」。段ボールに「ローズライン」のロゴ。女性向けの下着を扱う通販会社だという。

これ、こんなふうに書くと明らかにこれが後々効いてくる伏線だなとわかっちゃうけど、実際の原作は後々の展開といっさい関係ない膨大なディテールに溢れているので、何が伏線で何が無駄なのか、そうモロにはわからない。
 警視庁の同期「碇貞男」に電話。関根彰子の雇用保険記録と除籍謄本を入手依頼。
 夜9時、銀行マンを家に呼んで経過報告。バカ銀行マン逆上、決裂。

03
1月23日(木)ランチタイムのうどん屋「長瀞」に溝口弁護士を再訪。自己破産者は特別なダメ人間なんかじゃない、むしろ生真面目な小心者が多い、彼らはクレジットカード万能社会の犠牲者なのだ、という弁護士の長い長い熱弁。

夕方、団地に碇刑事がやってきて雇用保険情報(雇用保険が被保険者番号がダブって2通発行されていた)と、除籍謄本(本物の関根彰子の引っ越し歴)を入手。

04
1月24日(金)スナック「ラハイナ」。
関根彰子の母(宇都宮に住んでた)の2年前の事故死についてプチ噂情報。

05
1月25日(土)宇都宮へ。関根彰子の母は1989年11月25日に階段で転落死したのだが、行ってみたら宇都宮はおそろしく平べったい土地であった。ロレアルサロンの宮田かなえに話を聞く。転落したのは山とか公園とか神社とかではなく、3階建ての古いビルの階段であった。所轄署は事故死(若干自殺の疑いもあり)と結論した。葬式には、本多のとこの保っちゃん(たもっちゃん)が来てたわねえ。

保っちゃんを訪ねて本多モータースへ。彼は関根彰子の幼馴染みで、彼女をしいちゃんと呼び、2年前に失踪したしいちゃんを心配していた。

保っちゃんと、その妻郁美と3人で居酒屋。ついに関根彰子の写真をゲット。
マチコ先生(脚のリハビリ担当の理学療法士。関西弁でSキャラ。東京の男を見下している)情報で、ポラロイドの住宅展示場は大阪球場だと判明。

06
大阪へ。今井事務機で偽彰子の履歴書を見たのはもう十日ほど前だろうか、という記述があるので、もう何月何日だかわからない。

大阪球場で聞き込み。ポラロイドの住宅は三友建設傘下のものと判明。
三友総合研修センターへ。
三友グループの中に通販会社「ローズライン」があることを発見。
 ローズラインへ。ローズラインの通販申し込み用紙に、住所氏名職業電話番号生年月日独身か既婚か家族構成持ち家か借家か転職経験、資格の有無、海外旅行経験の有無、貯蓄額、趣味特技等々、膨大なアンケートがついてるのを見る。偽彰子はここで、戸籍を乗っ取る条件(自分と年齢の近い、かつ身寄りの少ない女性)に合致するターゲットを見つけ出したと確信。

ついに偽彰子の知人に出会う。管理課長補佐・片瀬秀樹。
片瀬の協力で関根彰子がたしかにローズラインの顧客だったことが判明。最初のカタログ請求は1988年7月。

片瀬の協力で偽彰子の履歴書ゲット。名前は新城喬子。本籍は福島。採用は1988年4月。ということは高卒から4年経過している。
「その4年間は何をしていたと言ってましたか?」「それが……高校を出てからしばらく勤めて、それから結婚してたいうてました。若過ぎて失敗した、とか」退職は1989年12月31日。ただしローズラインのシステム管理は厳重なもので、事務員に過ぎない新城喬子が顧客情報にアクセスすることは不可能。

重大情報。勤務表によると、関根彰子の母が宇都宮で階段から落ちて死んだ日を含む9日間、新城喬子は会社を休んでいた。名目は病欠。当時は千里中央駅近くのマンションに、市木かおりというルームメイトと住んでいた。

新城喬子の履歴書の住所を辿って戸籍謄本の入手を、碇刑事に依頼。

07
保っちゃんが上京し、調査に合流。手土産に宇都宮での新城喬子の目撃情報。2年前の1月14日、関根彰子の母の四十九日。見たのは保の母親。場所はロレアルサロンの前。
 関根彰子が新城喬子に殺された、ということはすでに刑事も同期も伊坂夫妻も確信している。しかし物証も死体も何にもない。いつどこでどうやって殺しただとか、何もわかってない。死体はどこにあるのか。知り合いの雑誌記者に、未解決のバラバラ死体遺棄事件の情報収集を頼む。範囲は関東近辺と、甲信越。

08
弁護士事務所の紹介で、関根彰子が破産後に寄宿させてもらっていた女性と面会。宮城富美恵。スナック「ゴールド」の同僚。彰子ちゃんは川口にいたころ、郵便物が開けられてる形跡がある、って言って気味悪がってたことがある。あの娘、お母さんの保険金が下りて、破産以降久々にちょっとまとまったお金持ってたから、余計にピリピリしてて。それでお墓を買いたいなんて言うから、言ってやったの。いまどき百万や二百万で墓所が買えるもんですかって。なんだか知らないけど見学会にも言ったそうよ。刑事はコーポ川口で墓地のパンフを見たことを思い出す。コーポ川口に電話して確認。パンフはみどり霊園。

茗荷谷のみどり霊園本社にて、霊園見学ツアーの集合写真を確認。1990年2月18日。ズバリ、そこには関根彰子と新城喬子が並んで映っていたーっ。

09
雑誌記者がまとめてくれた「未解決の、女性の、バラバラ死体事件」情報をチェックすると、これだと思えるのが1件。1990年5月、山梨県韮崎市内の墓地のはずれから若い女性の腕、胴、脚が見つかっていた。時期的にも符合する。頭部は未発見。

新城喬子の戸籍や除籍謄本やなんかからたどって、伊勢へ。彼女はここで結婚と離婚を経験していた。倉田不動産の御曹司、倉田康司。彼の口から語られる、リアル新城喬子のプロフィール。

彼女は福島県郡山に生まれた。一家は住宅ローンが払えず、過酷な取り立てに怯え、このままじゃ喬子が風俗に売られるんじゃないかという恐怖もあり、夜逃げしていた。ときに1983(昭和58)年春、当時17歳の喬子は高校中退。

一家はいったん東京の親戚に身を寄せ、その後離散。父は山谷へ。母娘は名古屋へ。1年後、入院した父を母が見舞い、その油断からまた捕まって酷いことになって、喬子は母が帰って来ないから危険を察知して名古屋のアパートを引き払い、求人広告を見て伊勢市内の旅館で住み込みの仲居となり、そこで倉田と出会う。酷いことから逃げ出して来た母とも再会を果たすが、遊びのつもりだった倉田が本気になる。そして1987年6月、結婚。

ところが結婚すると郡山の戸籍にその事実が載るんですねー。戸籍を監視していた取り立て屋が伊勢まで押しかけてきた。喬子には法律上は返済義務がないため、自己破産もできない。父は行方不明。行方不明の届けを出せば「最後に会ってから7年」で死亡認定されるが、連日の嫌がらせに7年耐えられる見込みはない。一連の騒ぎで倉田不動産は取引銀行をひとつ失った。守りきれず耐えきれず3ヶ月で離婚。

喬子が名古屋で世話になったという先輩「須藤薫」の住所氏名をゲット。

10
刑事が伊勢に行ってる間の保っちゃんの宇都宮聞き込みの成果。関根彰子本人の卒業アルバムが発見されていた。同級生のカズちゃんが持っていた。しいちゃんからカズちゃんのところに小包で送られて来たという。東京での暮らしがうまくいってないから、楽しかった高校時代のアルバムを見ると辛くなる、申し訳ないけどカズちゃん預かっておいてくれませんか、と、ワープロの手紙が入ってた。保はそれを見て、ああ、これはしいちゃんが書いたんじゃない、と確信。なぜならしいちゃんは学校時代に楽しいことなんかひとつもなかった、とよく言ってたから。カズちゃんが寄せ書きのところに「一生親友でいようね。野村一恵」とか書いてたので、それを見て新城喬子が送って寄越したんだ、と。実際にはそもそもしいちゃんとカズちゃんは親友でも何でもなかったし。オレ、ようやくしいちゃんの死を確信しました。

須藤薫の現住所はなかなか掴めない。

新城喬子の元ルームメイト(休暇旅行から帰ってきた)に電話取材。市木かおり。ローズラインのコンピューター室勤務。「片瀬さんは新城さんに惚れていた」「新城さんは免許証を持っていた」「新城さんはコンピュータにはまるっきり無知だった。片瀬さんも似たようなもんで、専門職のうちらから見たら素人同然。どっちもデータ盗み出すなんてことは不可能」「新城さんはきれい好きで几帳面で、節約チャーハンがおいしかった」「新城さんは換気扇の汚れ落としにガソリンを使っていた。私はガソリンいややった」「新城さんは何故か東京の新聞をとっていた」「私が新城さんに顧客データ流す? はは、そんなことするわけあらへん。バレたらすぐクビですやん」

11
碇刑事を頼って須藤薫を発見、名古屋で面会。喬子ちゃんと知り合ったのは喬子ちゃんが17歳のとき。お父さんの借金のことも聞いていた。結婚前も連絡くれた。離婚後も何度か来てくれたけど、今は2年近く音信不通。喬子ちゃんは1989年11月19日にひどい火傷を負った。本人は「知り合いとドライブ中の事故」だと言い、それ以上の説明を拒んだ。それから26日まで、名古屋の病院に火傷で入院していた。つまり関根彰子の母の転落死(11月25日)に関して、完璧なアリバイがあった。

この時点で、解決しなくてはならない謎がふたつある。新城喬子はどうやって関根彰子の母を殺したのか。新城喬子はどうやってローズラインの顧客データにアクセスできたのか。

新城喬子はもしかして、あらためて別の誰かの戸籍を乗っ取ろうと企てるのではないか。それをやるにはあらためて通販の会社に就職するところから始めるのか。

保っちゃんは郁美のおかげで思い出す。そうだ、オレは小学校のときしいちゃんと一緒に「飼育部」だった。迷い込んで来た十姉妹をピッピと名付け、世話をしていた。ピッピが死んだとき、しいちゃんはひどく悲しみ、校庭の隅に墓を掘って埋めるときもずっと泣いていた。「私が死んだらピッピと一緒に埋めてね」と真剣に言った。しいちゃんはもしかして、墓地見学ツアーなんかのときに新城喬子にその話をしたのではないか。卒業アルバムの扱いなんかから見て妙に義理堅い新城喬子はそれを覚えていて、宇都宮の小学校の校庭にしいちゃんの頭部を埋めたのではないか。

12
日曜日。保っちゃんは校庭を掘るとか言って、興奮しながら宇都宮へ。
 刑事は思う。そうだ。ローズラインで、コンピュータに打ち込む前の、紙のアンケート用紙。新城喬子はもしかして、それを見たのではないか。

13
翌日大阪へ飛び、片瀬を問い詰めると渋々認めた。入力後のアンケートや注文書は、月に一度処分する。その間は地下倉庫に置いてある。片瀬は新城喬子に頼まれて、それを持ち出して喬子に渡していた。5月から8月まで、4回。名簿屋にでも売るんちゃうかな、と思っていた。新城喬子は肉体関係をもって片瀬を意のままに操っていた。

君の上司には黙っておいてやるからその代わり、と片瀬を脅し、その4ヶ月の間の新規顧客のデータをプリントアウトさせる。160件。果たして関根彰子の名はそこに含まれていた。というか関根彰子の最初のカタログ請求がその年の7月なのはもう確定してるので、あるのは当たり前なんだが。分厚い紙の束を見て思う。彰子のデータは7月分にあるのに、8月まで続けている。条件面で、彰子を必ずしも絶対的な候補とは考えていなかったということだろう。果たして彰子は、新城喬子の第一候補だったのか。候補は何人かいたのではないか。いや、いたに違いない。
 もし、新城喬子があらためて別の誰かの戸籍を乗っ取ろうと企てるとしたら、何もあらためて通販の会社に就職するところから始める必要はない。この中のめぼしい候補のデータを、新城喬子は持ってるんじゃないか。

11月19日、ひどい火傷を負ったというその日、新城喬子は第一候補に何かを仕掛けて失敗し、火傷を負ったのではないか。そして入院中に偶然、別の候補だった彰子の母が階段から転落死したことを知り、ターゲットを彰子に方向転換したのではないか。
 書いてないけど戸籍を乗っ取るターゲット本人は、死体も発見されないくらい隠密裏に殺す必要がある。したがって、仕掛けた何かというのが放火だとしたら、ターゲット本人ではなく、その身寄りを狙った放火だということになる。

東京に戻り、160件の顧客データ中、20代の女性に片っ端から電話して「ここ2年ほどの間に災難に会った身内はいないか」を確認。声が嗄れる頃、ついに発見。木村こずえ22歳(これは1989年に22歳だった、という意味だろうか。だとすると現在25歳、フリーター)。3年前の11月、火事で姉が大怪我、以降は植物人間になり、最近亡くなった。調べてみると火事はたしかに11月19日で、放火の疑いがあった。

あなたには最近、新しい女性の知り合いはできてないか、と聞くと、はい、新城喬子さん。姉の知り合いだそうです。姉が亡くなったことを知らなかったと、すごく済まながってくれて。お墓参りしたいから案内してと頼まれました。それで今度の土曜日の午後、銀座で会う約束になってます。

14
成果を報告がてら保っちゃんを迎えに宇都宮へ。校舎もすでに建て替えられていて、校庭を掘るというのは案外むずかしいのだった。それよりも、保っちゃんは新城喬子の目撃情報をゲットしていた。2年前の春。小学校の校庭で満開の桜を眺め、じっとたたずむ若い女性がいて、気になった事務員が声をかけた。ええ、この写真の人に間違いないです。美人だったからはっきり覚えてますよと。彼女は事務員にこう言った。友達の代わりに来た。友達はもう死んでしまった。その友達は昔、この小学校に通っていた。学校で飼ってた十姉妹が死んだとき、校庭の隅にお墓を作って埋めたらしい、それがどこなのか、もうわからないけれど、と。

14
銀座のおしゃれなイタリアン・レストラン。先に待ってる木村こずえ。配置につく刑事と保っちゃん。向こう側には碇刑事。来た。新城喬子が店内を見渡し、木村こずえ(らしいと判断した)を見つけて微笑みかけ、向き合って座る。新城喬子を確保。ふっつりおしまい。


◆◆

名作だ。以下はどうでもいいアラ探し。「片瀬の協力で関根彰子がたしかにローズラインの顧客だったことが判明(06)」とか「片瀬が刑事に脅されて顧客のデータ160件ぶんをプリントアウトした(13)」とかは、「片瀬さんなんかうちらから見たら素人同然。顧客データにアクセスなんてできるわけあらへん」という市木かおりの証言(10)と矛盾している。

というか、「コンピュータのプロ以外は顧客情報にアクセスできない(10)」という設定はそもそもおかしくないか。それじゃ顧客情報が販売促進の役に立たない。「アクセスはできるけどプリントアウトを持ち出したりフロッピーにデータをコピーして持ち出すとかは、上司の許可がない限り不可能」くらいだと思う。やっぱり「上司の目を盗んで顧客のデータ160件ぶんをプリントアウト」は無理なんじゃないか。

◆◆

「20代の女性に片っ端から電話して声が嗄れた(13)」もおかしい。「身寄りの少ない一人暮らし、あるいは兄弟とふたり暮らしで両親はすでに死亡、とか、そういう条件を満たす20代の女性」に絞れるはず。同時に平行して、「1989年11月19日に関東近辺で起きた放火事件」も調べられるはず。放火なんて1日に5件も6件も起きないだろう。顧客データにある電話番号で木村こずえにつながった、というのもいささか不自然な気がする。放火されて同居の姉が植物人間になって、それでもそのアパートの近所に住んでるのか。まあ、あり得ないってことはないけど。

◆◆

しかしいちばんおかしいと思うのは、喬子が「関根彰子の自己破産通告を見せられて失踪する」という、喬子のその判断だ。だって人ひとり殺してまで手に入れた名前ですよ。殺しなんてそうそう何回もうまくいきませんよ。「もう1回人を殺し、もう1回完全犯罪を成功させる」確率に賭けるよりも、よほど確率の高い、別の選択肢があったのではないか。

「すべての謎を謎のままに失踪」というのが一方のいちばん極端な選択だとして、逆側の最も極端な選択として「婚約者にすべての真実を洗いざらい告白した上で、味方になってくれ、死ぬまでこの秘密を共有してくれと訴える」というのが、まず、ある。

もちろん、いくら愛情があっても、じつは私は関根彰子さんを殺して戸籍を乗っ取ったの、なんて告白に耐え、受け入れられる度量を期待するのはむずかしいだろう。だからこの両極端の間の、グラデーションのどこか、だ。
 あくまで自分は関根彰子だというスタンスは守り、「実は自己破産した過去があるのです、クレジットカードを作れとこのたびあなたに勧められて、もう大丈夫かも、と甘い考えで深く考えずに承諾したけど、やっぱり過去からは逃げられないのね。軽蔑した? ごめんなさい」というのがひとつの出方。
 あるいは、「じつは自分の本名は××××、出身は××××。父親が住宅ローンで破綻して一家離散、取り立て屋に追われる過酷な青春の日々、もうどうしようもなくて死を覚悟したとき、当時勤めてたスナックのママさんが、戸籍はお金で買える、と教えてくれたの。ママさんの紹介で『社長さん』に引き合わされて、20万円出せば後腐れのない戸籍を売ってあげる、って言われて、買ったの。関根彰子さんがどういう人なのか、実在するのかしないのか、私は何も知らないの。でも、たった20万円で人を殺すとは思えないから、死んだとは思ってないの。どこか外国で生きてるのかも。売買される戸籍っていうのは『行方不明になったけど捜索願が出されてない人』の戸籍だって、社長さんは説明してた。たぶん自己破産歴のことは社長さんも知らなかったんだと思うの」とかなんとか。
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by nobiox | 2013-07-21 19:47 | ├読書日記 |
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