鏡が左右を反転し上下を反転しない理由
鏡はなぜ左右を反転し、上下を反転しないのか。

◉たまに「鏡が左右逆、ってのが子供の頃から理解できない」という人がいるけど、それはそれで正しい。
鏡は左右も上下も反転しない。鏡が反転するのは、奥行きだ。

「は? そんなことないよ。鏡は実際に左右を反転させ、上下を反転しないよ、という方もおられるようなので、ここは念のため書く。
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Aを鏡に映して見たらBのように見えたとする。なるほどたしかにBはAの左右反転像だ。しかしBは、「Aが鏡に映ったところ」ではない。「Cが鏡に映ったところ」だ(CはAをウラ返して鏡に向けたところ。かすかに文字が透けて見えている)。BとCは上下も左右も一致しており、反転しているのは奥行きのみだ。

Cをこっち向きにひっくり返す方法は無限にあるが、180度刻みで言えば2通りある。ひとつはA、ひとつはD。DとBを見比べると、左右が一致していて上下は反転している。AとDは「Cをひっくり返した図」として、幾何学的には同等の権利を持つはずだが、直感的には「Aのようにひっくり返すのが自然で、Dは不自然」に思える。こう書いてる僕ですら、そういう気分は少しある。AとDは同等の権利を持つ、と言われても、なんかもやもやする。それは何故か、というのが、この記事のテーマです。

繰り返す。鏡は左右も上下も反転しない。鏡が反転するのは、奥行きだ。

◉だが、ここで「人は何故、奥行き反転立体を左右反転立体だと錯覚するのか?」と考えるのは間違い。奥行き反転立体と左右反転立体と上下反転立体は、幾何学的に等しい。だから別に、錯覚でも勘違いでもない。ある立体を「左右反転させた鏡像」と「上下反転させた鏡像」と「前後反転させた鏡像」は、作ってみればどれもみな同じ鏡像であって、区別することはできない。上の図の4枚の色紙のアルファベットを消し、段ボール箱に放り込んで目をつぶってぐちゃぐちゃに掻き回して取り出したら、Bだけは異質だが、AとCとDを区別することはできない。それと同じ。AとCとDはBの鏡像であり、相互に同一だ。
吉村浩一氏の著者を田幡氏が要約したものを nobio が孫要約)

 非対称な物体を1軸について逆向きにした構造のものを,もとの物体の対掌体と呼ぶ.実物と鏡像は互いに対掌体の関係にある.

 対掌体を作るための「1軸」は,上下・前後・左右・その他,任意の方向でよい.このことは次のようにして経験的に得心できる.右手を鏡の前に差し出して,どのような向きに回しても,その鏡像はつねに左手の形になる.このとき,逆になる軸は,鏡についていえば,鏡面に垂直な方向として一定しているが,右手についていえば,中指に沿う線であったり,手の甲の中心から掌の中心へ突き抜ける線であったり,親指のつけ根と小指のつけ根を結ぶ線であったり,さまざまである.つまり,右手をどの線に沿って逆向きにしても,左手という対掌体の形になるのである.
つまり、ある立体に対して、その鏡像というものは1種類しかない。このことは「ある立体」がサイコロであろうが盆栽であろうがコロッケであろうが、とにかく任意の立体について成り立つ。つまり鏡像を左右反転像と見なすのも上下反転像と見なすのも奥行き反転像と見なすのも、他のもっと微妙な角度の反転像とみなすのも、とにかくすべて正しい。鏡に関して謎があるとすれば、何故鏡像は左右反転像と認識されやすく、上下や前後の反転像とは認識しにくいのか、だ。これは光学の問題でも幾何学の問題でもなく、心理の問題である。わかんないけど、たぶん。

◉鏡像を奥行き反転像だと理解しにくい大きな理由として、ご覧の通り、並べて見比べると、もはや奥行きは反転していないということがある。今日初めて気付いた。むしろどうして今日まで気付かなかったのか不思議だ。
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鏡像イメージとオリジナルイメージは必ず平行に向かい合ってるわけで(いや違うか? 鏡の上に載っけたものを斜めから見る場合なんかはどう考えればいいんだろうか。まあとりあえず平行に向き合ってる場合に限って言えば)、並べて見比べるにはどうしても引っくり返す必要がある。ひっくり返し方は無限にある(90度刻みで言えば4通りある)が、どうひっくり返したところで奥行きだけは必ず反転し、反転×反転の結果として奥行きだけは必ず一致してしまう。この図で、右のモンローを左のモンローの奥行き反転像だと認識できないのは当たり前だ。奥行きは一致してるんだから。

多くの画像処理ソフトに「verticalに反転」「 horizontalに反転」というコマンドがあるので、持ってる人はやってみてください。ある図形を垂直軸反転させたものと水平軸反転させたものは、向きが違うだけで中身は同じ図形だ。「 奥行き方向に反転」というコマンドは、普通は存在しない。グラフィックソフトにおいて画像を奥行き方向に反転したら、裏返って見えなくなってしまう。その見えなくなった画像をトランプをめくるようにこっち向きにひっくり返したら、「もはや奥行きは反転していない」という、そういうことです。

◉鏡像を上下反転像だと理解しにくい大きな理由として、普通の人は逆立ち(または海老反り)では振り向かない、ということがある。

この世界は水平回転族の支配下にあり、人の他にもじつに多くのものが、振り向くためにはデフォルトで水平回転を採用している。ウマ。自動車。船。アヒル。カブトムシ。ネコ。中山律子。マイケル・ジャクソン。回転椅子に座った上司、先輩、後輩、OL、医者、弁護士、コンサルタント。冷蔵庫もテレビもテーブルも、「向きを変える」と言えば普通は水平回転を指す。「向こう側に回り込むには普通は水平方向に回り込むもの」も多い。富士山とかビルとか壁とか。「全体を見渡すには水平回転した方がいいもの」もたくさんある。室内とか。また、本、名刺、チラシ、年賀状などは、普通はウラとオモテで上下を一致させ、そうでないものは基本的に「間違い」と認識される。要するにヒトも、山も、建物も、雑誌も、上下の一致を優先し、左右は成り行きで構わないという仕様で動いている。垂直回転族は「鉄棒で大車輪やってる選手」「上海雑技団」「砂時計」などに限られ、圧倒的に少数派である。そもそも「立体を(回転ではなく)反転する」というコンセプト自体が理解しづらいんだけど、そういうわけで上下反転は最も理解しづらい。

こう言った方がいいかも知れない。「奥行き反転像は左右反転像とイコールである」ことは比較的納得しやすいが、「奥行き反転像は上下反転像とイコールである」ということは、かなり理解しづらい。
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◉上下反転を理解しにくいもうひとつの小さな理由は、回転とも反転とも無関係に、人は何かを見比べるとき、上下の向きをそろえて左右に並べるのを好むからではないか。上下反転画像はそもそも理解しづらいんだが、上下に並べればそれなりにわかりやすい。これも今日気がついた。だが我々には、比較するなら左右に並べる、という根強い習性があり、その機会を阻む。

◉たぶんほとんどの人にとって、上下反転よりは前後反転の方がイメージしやすく、左右反転はさらにイメージしやすい。人の身体が上下にはかなり非対称、前後には少し対称、左右にはかなり対称形であることが、その大きな理由だと思う。

鏡はなぜ左右を反転し、上下を反転しないのか。これについては誰もが一度は「人間が左右対称だから」とか「目はふたつ左右に並んでるから」とか「重力があるから」というようなことを考える。僕は長いことそれらを見当外れだと思ってきたけれど、いまあらためて考えるとそれらはどれも「なぜ左右反転がいちばんイメージしやすいのか」「なぜ人は逆立ちして振り向くという発想に馴染みがないか」「なぜ人は何かを見比べるとき、上下をそろえて左右に並べるのを好むのか」「なぜ人は回転について垂直軸を想定しがちか」などを考える上で、間違いなく重要な要素ではないか。見当外れだと思ってたこっちがバカだった。すみませんでした。

◉以上はどれも、理由だとは主張するが、最大の理由かどうかはもちろんわからない。今日に至る30年間にわたって、僕は「そんなことより鏡と無関係の大々々前提として、そもそも左右という概念は上下と前後に依存してるんだよ。定義上、奥行きが逆転しても上下は変わらないけど、奥行きが逆転すると左右は逆になる。それが本質的な理由。心理の問題とかじゃなく、定義の問題」だと考えていた。もしかするとそれが正しいのかも知れない。しかし定義の問題だったら心理は無関係、と言えるものなのかどうか今となっては自信がない、というか、多少なりとも心理の問題だということはもはや確信しており、だとしたら、どれが最も本質的な理由か、とかどうでもいいだろう。心理なんてひとりひとり違うんだから。

◉見比べるとき、どう置きどう並べると、ヒトはいちばん納得しやすいか。ヒトは反転図形を見ると、オリジナルと見比べて何が一致し何が違うかを探す。「左右が反転してる」「上下が反転してる」「前後が反転してる」。幾何学的にはどの解釈も正しいが、心理的には「左右が反転してる」がいちばん飲み込みやすい。何故なら、左右については、前後と上下を決めてから考えるから。これは定義上の必然のような気もするし、上下回転に馴染みがないせいのような気もするし、比較するなら左右に並べる、という根強い習性が理由のような気もするし、人間が左右対称だからのような気さえしてくるしで、僕にはよくわからない。

◉後記:BIFF さんのコメントのおかげでいろいろ考えさせられました。湖に映った鏡富士を見ると、誰でも直感的にそれが上下反転像だと認識し、誰も左右反転像だとは解釈しない。それを考えると「上下反転を認識しにくいのは人間の仕様」という理論は間違いのような気がして来た。後記終わり。





◆◆

「ねえお父さん、鏡に写ったものって、左右が逆になるでしょ」
「うん」
「どうして上下は逆にならないの?」
「あのなヒロシ、逆かどうかは、何と比べて逆かを言わないと意味ねえんだよ。何と何を比べるの? 鏡に写ってる野郎と自分を比べるの? どういう向きで比べるの? 鏡に写ってる野郎と自分を見比べるには、鏡に写ってる野郎と自分を、同じ向きに並べなきゃなんねえよな。自分を鏡に写ってる野郎と並べるにはどうすんの? 振り向かなきゃなんないでしょ? な?」
「うん」
「振り向き方にもさ、いろいろあんだよ」
「例えば?」
「逆立ちして顔をこっち向けるとか。そうすっと鏡に写ってる野郎と、左右はそのまんまで、上下が逆じゃん」
「えーっ、そんなの変だよ」
「変だと思うだろ。だからなかなかそういうふうには考えらんないんだよ。スターウォーズVでルークが言うじゃん、『信じられない』って。そしたらヨーダが言うじゃん、『That is why you fail』って。『だからできねーんだよ』って。あれとおんなじだよ。Why not ECC だよ」
「えーっ」
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「ほら、これ見てみろ。Cはむちゃくちゃ見慣れないでしょ?」
「うーん………この、Cってどういう絵なの?」
「Aがヒロシ。Bが鏡に写ってる野郎。な?」
「え? あぁー。ふーん」
「Aは今はBと並んでるけどさ、鏡見てる間は、ヒロシはBと向き合ってたんだよ」
「うん」
「だからこっちからは、ヒロシの背中しか見えてなかったの」
「うん」
「鏡と向き合ってるヒロシをMとしよっか」
「なんでM?」
「ん? むきあうのM。で、Mが振り向いたのがA」
「うん」
「Mが逆立ちで振り向いたのがC」
「はーっ? マジ?」
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「おう、マジだよ。AがヒロシだけどMもヒロシだし、Cもヒロシなんだよ。
 ヨコじゃわかりにくいけど、タテに並べりゃすぐわかるよ。ほら」
「まあっ、ほんと! 左右は一致してて上下だけ逆だわ! タテに並べて見るとクッキリわかるわ!!!」
「って美味しんぼかよっ。
ほんとは……いや、ほんとはって言うか、向き合ってた時はさ、前後が逆だったんだよ。だけどAと比べたら、左右が逆だろ。Cと比べたら上下が逆。何と比べるかでいろいろあんだよ」
「ふーん」



◆◆
この記事は「鏡が左右を反転し上下を反転しない理由 : メカAG」に触発されて書きました。なのでリンク先の人には感謝しています。ただ、議論のレベルは率直に言って、僕なんかと大差ないようにお見受けします。
その後 BIFF さんから、多幡達夫さんという方の「鏡の中の左利き」へというページを教えていただきました。明らかに僕より何十倍だかレベルが上なので、興味ある方にはおすすめします。


◉しつこく続きを書きました。続・鏡が左右を反転し上下を反転しない理由 : 観測所雑記帳

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by nobiox | 2013-03-13 00:06 | ├自分用メモ | Comments(27) |
Commented by JJ at 2013-03-16 15:31 x
わるいけど、こんな手垢のついた話をドヤ顔で書いて、他人をバカにしているメカAGってのは相当にバカの人格破綻者なんだから相手にしない方がいいよ。
Commented by BIFF at 2013-03-16 15:43 x
「鏡像」には「特定の対称性を持たない限り、同次元上の回転と並進では重なり合わない」という性質があります。

記事のモンローの写真は双方が鏡像ですが、2枚は2次元上ではどう回転させても一致しません。(n+1次元の操作をする、つまり2次元の写真を3次元空間で裏返すと一致させることができます)

左右の手のひらを向かい合わせ、間に鏡が立っていると想像すると、左右の手のひらが双方の「鏡像」であることがわかります。この左右の手のひらは3次元空間では、どう回転させようと動そうと重ね合わせることができません。

つまり主さんが前提とされている「アがサイコロであろうが盆栽であろうが、イとウとエはまったく同一の立体になる」は「鏡像」に関しては成り立たないのです。(「特定の対称性」を持つサイコロでは(目の存在を無視して立方体だと考えれば)実物と鏡像は同一の立体になりますが、盆栽は同一にはなりません)

凹面鏡が「上下を反転させ左右を反転させない」、平面鏡が「左右を反転させ上下を反転さない」というのは実際に起きている現象です。鏡像は実際に「上下反転していない」のですから「鏡像を上下反転像だと理解しにくい」わけではありません。
Commented by nobiox at 2013-03-17 09:09
みなさまコメントありがとうございます。

>ってのは相当に

まあまあ。
「意見を否定しても人格を否定しない」でいいじゃないですか。
Commented by nobiox at 2013-03-17 10:48
「左右の手のひらは相互に鏡像であり、どう回転させようと動そうと重ね合わせることができない」のはわかりますが、なぜそれが「つまり主さんの前提は成り立たない」となるのか、いまのところ理解できません。

(コメントに気付く前に書き変えちゃったので「イとウとエ」がなんのことか第三者的にはわからなくなってしまって申し訳ないですがそれはともかく)盆栽の実物と盆栽の鏡像が同一だとか、右の手ひらは左手のひらと同一だとか言ってるわけではありません。僕の数学は中学生レベルですが、モンローとモンローの鏡像が同一でないことぐらいは、さすがに僕でもわかります。

「盆栽の鏡像は、盆栽の実物をX軸反転したものとも言えるしY軸反転したものとも言えるしZ軸反転したものとも言える」「右手のひらをX軸反転してもY軸反転してもZ軸反転しても結局左手のひらになる」ということを言ってるのですが。

後半の親子対話篇の例で言うと、「AとMとCは同一」ということです。
Commented by nobiox at 2013-03-17 10:58
>平面鏡が「左右を反転させ上下を反転さない」
>というのは実際に起きている現象です。
>鏡像は実際に「上下反転していない」のですから
>「鏡像を上下反転像だと理解しにくい」わけではありません。

そうですか? 平面鏡は上下も左右も反転させずに奥行きを反転させてると思うんですが。
親子対話篇の例で言うと、MとBは上下も左右も一致してて、前後が逆じゃないですか。
Commented by BIFF at 2013-03-18 02:31 x
前提が成り立たないのは「鏡像に関して」です。

>Bは、「Aが鏡に映ったところ」ではない。「Cが鏡に映ったところ」だ(CはAをウラ返して鏡に向けたところ。かすかに文字が透けて見えている)。

ご説明の意味がよくわかりませんが、「C」ではなく「A」を鏡に映すと「B」になり、「C」を鏡に写せば色のの薄い「A」が映りますね。

ご説明の「B」は[A」の鏡像ですが、「D」は「A」の鏡像ではありません。平面鏡に「A」を写しても「D」にはなりません。「D」の鏡像を得るためには「A」を逆さまにして鏡に映さなければなりません。

幾何学的に等価であることと、「鏡像問題」は関係ありません。立体モデルや画像がグラフィックソフト上では簡単に自由な方向に反転させることができても、その立体や画像を鏡に映すとその鏡像は「上下を反転せずに左右が反転する」だけです。

ではなぜ平面鏡の鏡像は「左右だけが反転し、上下が反転したものは映らないのか」というのが「鏡像問題」なのです。
Commented by BIFF at 2013-03-18 06:34 x
>そうですか? 平面鏡は上下も左右も反転させずに奥行きを反転させてると思うんですが。

もちろんそうなんですが、「鏡像問題」はもともと鏡像側に固有の座標系を認めるのが前提です。つまり「実物と鏡像のZ軸の値(向き)をあわせるとY軸の値は変わらずX軸の値だけが逆転する」という現象の理由の考察です。

そして「人間が心理的に上下反転を認識しにくい」のが「鏡像問題」の理由だとすれば、人がスプーンを覗いた時、そこに映った上下反転の「鏡像」を瞬時に認識できる理由を説明できないと思います。
Commented by nobiox at 2013-03-18 08:48
>「D」は「A」の鏡像ではありません。
>平面鏡に「A」を写しても「D」にはなりません。
>「D」の鏡像を得るためには「A」を逆さまにして鏡に映さなければなりません。

だからー、「AとCとDは相互に同一だ」と書いてあるじゃないですか。
Commented by nobiox at 2013-03-18 09:27
>もちろんそうなんですが、「鏡像問題」はもともと
>鏡像側に固有の座標系を認めるのが前提です。
>つまり「実物と鏡像のZ軸の値(向き)をあわせるとY軸の値は変わらず
>X軸の値だけが逆転する」という現象の理由の考察です。

なるほど。前後反転した絵は左右反転した絵と一致し、上下反転した絵とは一致しない、
それは何故か、というのが鏡像問題である、と。

しかし BIFF さんのように「Aを鏡に映すとBになる」という前提から始めるのであれば、
そこにはすでに「鏡に向けるには水平回転させるのが当たり前」という前提が
含まれているわけですから、それは何故かと言っても
「当たり前ではないか」という気がするのですが。
Commented by nobiox at 2013-03-18 09:29
するとあなたは「Aを鏡に映すとBになる」という前提を認めないのか、
と聞かれそうですが、認めません。Aを鏡に向ける方法は、
1度刻みで言えば360通り、90度刻みで言えば4通り、
180度刻みで言えば2通りあります。

とうぜん、Aを鏡に映した結果は1度刻みで言えば360通りあり、
Bはそのうちの1つに過ぎません。
Commented by BIFF at 2013-03-18 10:11 x
>とうぜん、Aを鏡に映した結果は1度刻みで言えば360通りあり、Bはそのうちの1つに過ぎません。

おっしゃっているのが「A」を3次元空間上でY軸にそって回転させるという意味なら、手のひらのような3次元の鏡像と同じです。

透明な硝子板に記された「A」を鏡の前で1度刻みに「回転」させることをイメージすれば、ご説明に何も新しい要素が付け加わっていないことがわかると思います。

「A」を鏡に写せば「B」になり、1度回転させた「A」を映せば1度回転した「B」が映るだけです。
Commented by BIFF at 2013-03-18 10:21 x
>BIFF さんのように「Aを鏡に映すとBになる」という前提から始めるのであれば、そこにはすでに「鏡に向けるには水平回転させるのが当たり前」という前提が含まれているわけです

私は「A」を映した時に「B」以外が映る平面鏡を知りません。そしてこの物理的(光学的)な現象は、誰かの「前提」のせいで起きているのではないと思います。

この現象の説明方法はそれこそ幾万通りでもあるでしょうが、考察するにあたって「鏡像側に固有の座標系を認める」という前提を立てると便利だという発見は過去の人の知恵です。
Commented by nobiox at 2013-03-18 10:32
>ご説明に何も新しい要素が付け加わっていない

はい。何もつけ加えてませんが。???
Commented by BIFF at 2013-03-18 12:27 x
>>ご説明に何も新しい要素が付け加わっていない
>はい。何もつけ加えてませんが。???

わかりにくくてごめんなさい。「(私の説明の範囲を超える新しい指摘が何もないので)反論になっていません」という意味です。

「鏡像問題」を少し丁寧に定義すると「(鏡像側にも実物同様に固有の座標系があると考えた場合、鏡像と実物の前後の方向を合わせると)左右は反転するが上下は反転しない」となります。

主様(や元記事の方)は、この省略された「鏡像側に固有の座標系を認める」という前提を再発見し、「鏡像問題」には「水平方向への回転という無意識の前提が隠されている」と解釈したわけですね。
Commented by BIFF at 2013-03-18 12:28 x
しかし先人が鏡面問題を考えるにあたりこの前提が採用したのは、考察や議論の整合性を保つためでした。もちろんこの前提を外すことは可能ですが、前提を異にする考察同士では当然論理はかみ合わなくなります。そして何より「鏡面問題」の前提を不採用にすれば「鏡が左右を反転し上下を反転しない」という解釈自体が崩壊するので、その理由を説明するのは不可能になってしまいます。

ただ、この前提が採用されたもう一つの理由があるとすれば、主様や元記事の方の説のように水平面での暮らしに慣れた我々にはこの前提が直感的に理解し易かったということはあると思います。
Commented by nobiox at 2013-03-18 13:20
明らかにご自分よりレベルが低い相手との素朴な議論に、つき合っていただいてありがとうございます。これはアレですね、「原子力って結局お湯わかすだけなんですか?」に近いものがありますね。

◉BIFFさんに質問-1
鏡像問題学会、とでも呼ぶべきものがあるとして、学会の歴史や学会の現在にお詳しそうなので基本的なことを教えていただきたいのですが、学会では「Aを鏡に映すとBになるのは何故か」について、
未だに結論が出てなくて、研究中なのでしょうか。
それとも、そもそも結論が出るような問題ではない、というコンセンサスがあるのでしょうか。
それとも、すでに結論が出てるんでしょうか、

◉BIFFさんに質問-2
Aを鏡に映すとBになるのは、鏡に映すときに水平に回したから、
という説明では何が不足なのでしょうか。
ここまでのお話から推測すると、
「それは鏡面問題の議論の前提だから根拠とみなせない」でしょうか。
Commented by nobiox at 2013-03-18 13:24
>反論になっていません」という意味です。

反論してるわけではなくて、こちらの言ってることが
通じてないのかと思って説明してるわけですが、正直言ってたった今も、
まともな会話になってるのかどうかよくわかりません。
Commented by BIFF at 2013-03-18 15:57 x
申し訳ありません。私の方の見識が狭かったようです。

「鏡面問題」についてご説明しようと、先日ネットで見つけた文章を改めて読み返してみて、私の説明してきた内容が「狭義の鏡面問題」というべき「鏡面問題」の一部分に過ぎない事に気づきました。

「前提」を立てなければ「左右が反転し上下反転しない」とはいえないのは自明だと思っていましたが、「前提」を立てずに「言えない」とする説明をする方は意外に多くいらっしゃるようです。もちろん、前提が流動的なら結論も流動的になります。

以下、ご参考に。「鏡の中左きき」という本のあとがきのようです。
http://www.geocities.jp/tttabata/mirrorcom.html#sec1-2
Commented by nobiox at 2013-03-18 18:26
リンク先、まだちゃんと読んだのは「1.2」だけですが、
むっちゃおもしろいですねありがとうございます。
「対掌体」とかねえ、じつにうまい言葉ですね。

「Aを鏡に映すとBになるのは、鏡に映すときに水平に回したからだとファインマンは言った。
しかしこの説明は明らかに不十分である、何故なら」、つーところに僕の疑問への答えが書いてあるようですが、
一読ではぜんぜん理解できませんでした。いずれゆっくり読んでみます。

どうもこの問題は、例えば「ポアンカレ予想」みたいのとは違って、
「どうやっても文学的な要素が混入する、永遠に解けない問題」なのかなー、と、
全体としてはなんとなくそういう印象を受けました。
Commented by BIFF at 2013-03-18 18:59 x
結局、現象の性質(理由ではなく)を物理的・数学的に解明しようとするのが「狭義の鏡面問題」のアプローチで、心理的認知の問題として解釈しようとするのはその他のアプローチに含まれるということなのでしょうね。

「狭義の鏡面問題」で現象の性質は解明できても、結局その理由となると定説を導くのは困難です。「りんごはなぜ木から落ちるか」という問題を質量と引力の関係を使って解明しても、なぜ質量に引力があるのかは説明できませんね。

更にその他のアプローチとなれば、これはもう必然的に百家争鳴ですね。
Commented by nobiox at 2013-03-19 12:19
なるほど。
「一般に性質を理解することと理由を説明することは別」と言われると、
なるほどと思う一方でしかし、
重力作用の解釈には心理的側面が関係する、というような主張をしてる人は見たことないので、
やはり鏡像問題というのは一般論に収まらない、特異なもののようにも思えます。
Commented by BIFF at 2013-03-19 17:49 x
「りんご問題(?)」についていえば、問題を純粋に物理的現象としてとりあつかい質量と引力をの関係で解明しようとするのが「狭義」のアプローチにあたり。

「りんごはなぜ木から落ちるのか」(もうこの段階で十分に心理的認識)を、「りんごが木から落ちるというのは錯覚で、りんごと地球は双方を引きつけ合っているのだ」とか「りんごからみれば地球がりんごに落ちてきているのだ」などと「解釈」を試みるのが「その他」のアプローチということになるのではないでしょうか。

こうした「解釈」に対して、「「外力が存在しない一定の重力下で、初速ゼロから始まった等加速度直線運動」は「自由落下」ときちんと定義されているのです」と茶々を入れるのが私ということになりますね。

そして結局、現象の性質を解明するには狭義のアプローチが有効ですが、理由を説明することはどちらのアプローチでも出来ないのかなと思います。
Commented by nobiox at 2013-03-20 18:09
続きを書きました。
続・鏡が左右を反転し上下を反転しない理由
http://dragox.exblog.jp/19702651/
Commented by プラダ メンズ at 2013-07-26 02:14 x
匿名なのに、私には誰だか分かる・・・(^_^;)ありがとう。。。
Commented by 通りがかりの冬彦 at 2015-08-17 14:37 x
たまたま見つけて読んだのですが、ずいぶんと複雑な議論をされてますねえ。
この鏡の左右問題ってそんなに難しい話なのでしょうか?
もう少し単純な事では?

例えばこのURL欄に入れた「 鏡に映った自分は左右反転 …してない 」というページには、以下のような単純明解な説明があって、結構分かり易くて当たってるように思いますが・・・。

・・・・・・・・・・・・・以下は引用です・・・・・・・・・・・・・・・・

鏡に映すと唯一反転するのは、前後 ( 奥行き ) であり、左右でも上下でもない。

それは何故か?

それは鏡自体が平面であって奥行きが無い為に、左右と上下の位置の差はそれをそのまま保存して反映する事が出来るものの、奥行きについてはそれを保存しようが無いからである。

鏡に映る像は平面対称とも呼ばれるが、要するに 「 平面を境界として対称 」 なワケで、平面 = 2 次元だから 「 2 次元対称 」 とも言える。

これが面ではなくて線を境界としての対称だと線対称。 これは例えば物体を軸 ( 線 ) の周りに 180 度回転させた時の対称と同じなので回転対称とも呼ばれるが、線 = 1 次元だから、 「 1 次元対称 」 となる。

境界が面でも線でもなくて点だと 「 点対称 」 、点 = 0 次元だから、 「 0 次元対称 」 である。

これを一般的に云うと、対称の境界が m 次元である 「 m 次元対称 」 は 0 次元 ~ m 次元の対象物まではソックリそのまま次元成分を反映させ得るが、 m 次元よりも大きな対象物については足りない次元成分が全部反転してしまう・・・ということが分かる。
 ( 実際に立体物を 0 次元 = 点対称に作図してみれば、タテ、ヨコ、高さ、の総てが反転するだろう。 )

表題の鏡の場合には、その足りない次元が奥行きの次元だから、前後だけが反転して他が自分から見てそのままに映るのである。


・・・・・・・・・・・・ここまでが引用です・・・・・・・・・・・・

詳しくは、と言っても上がその要点なのですが、上記のURLに跳んで直接ご覧下さい。
Commented by nobiox at 2015-08-20 22:14
>以下のような単純明解な説明があって、
>結構分かり易くて当たってるように思いますが・・・。

同感です。

ご紹介の論考に比べてこのエントリーが複雑だとしたら、
ご紹介の論考では納得しない人、のことを視野に入れてるから、
ってだけじゃないでしょうか。てきとーな印象ですが。

(てきとーじゃなく真剣にこの話に入り込むのは、書いた本人である私にとっても大変むずかしいです。真剣に入り込まないと、我ながらなんだか些末なことをぐちゃぐちゃ書いてるなー、みたいな印象しか持てません。すみません)
Commented by なまえ at 2016-04-22 07:31 x
鏡と、インナーカメラからの画像をリアルタイムに左右反転させてるスマホを並べて観察したらどうなる?
これが左右でなく上下なら?
今度やってみよう。
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