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森高千里を聴くとなぜ泣けてくるのか
後記:下の方に「森高の歌詞はビートルズの影響が大」ということを書いたけど、それ関連で大事なことを書き忘れてました。ビートルズの歌詞には「ポールが物語を作り、ジョンがそこに哲学的深みをまぶす」みたいな役割分担があって、それでいうと森高は完全にポール寄りです。例えば「青い海」「I LOVE YOU」なんかに顕著。で、ですねえ、みなさんビートルズの「When I'm sixty-four」という、詞曲ともポール節炸裂の超名曲をご存知でしょうか。友人の吉田君は「あんなのロックじゃねえ」と言ってましたがそれはともかく、僕がおじいさんになっても、君はバレンタイン・カードをくれるかな、君だって歳をとるんだぜ、という歌詞で、つまり、かの有名な「 私がオバさんになっても」は、「When I'm sixty for」の、パクリではないけど、なんて言うんですかねえ、返歌というか、変奏というか、リスペクトというか、なぞりというか、設定いただきの歌なのです。ググりやすいように並べて書いておきます。「When I'm sixty-four 私がオバさんになっても」。後記終わり。

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「森高千里が好きなの? はあ? マジ? なんで?」と真剣にバカにされたことが、2度か3度ある。いずれも、説明することができなかった。うちひとりは、当時つき合っていた8つ年下の彼女だった。同じ女でも例えばレディーガガとかシェリルクロウとか、あるいは大黒摩季とかプリプリならいいけど、つかわかるけど、ミニスカートでお尻振って男に媚び売るしか脳のないミーハーバカアイドルを好きってナニソレ気持ち悪い、しかもムカつくことにちょっとスタイルよくて、ほんのちょびっと美人じゃん、ああゆうのが好きなの? ダサッ、と、そういうことが言いたかったのだな彼女は。今にしてようやくわかった。

「ヘッドスライディングは遅いのか」を読めば、僕がいかに説明好きの人間か、わかっていただけるはずだ。説明好きの人間にとって、自分の気持ちを説明できないというのはかなり悔しい。今日、いま、改めて語ってみたい。

森高千里は歌謡曲ではないし、ニューミュージックでも演歌でもロックでもフォークでもない。作曲能力がほとんどないにもかかわらず、森高千里はたった一人で「森高千里」という名前の音楽ジャンルを作った。お手本はいない。こんにちに至るまで、フォロワーもいない。空前絶後の存在だ。

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森高千里は 1969年、大阪に生まれ、熊本県熊本市で育ち、17歳で「第1回ポカリスエット・イメージガールコンテスト」グランプリを受賞し上京した。18歳で東宝映画『あいつに恋して』のヒロインを務め、主題歌「NEW SEASON」を歌って歌手デビュー。この映画は大塚製薬がスポンサーについた「ポカリスエットムービーキャラバン第1回作品」である。

当初は女優・タレント活動と両立して歌手活動を行っていたが、1987年9月7日の渋谷LIVE INNでの初ライブをきっかけに徐々に歌手活動に重きを置くようになる。とWikipediaに書いてある。

森高千里は売るのがむずかしいタレントだったと思う。ビキニを着せてグラビアアイドルとして売るには愛嬌も胸も足りない。かと言ってファッションモデルで行くにはいまひとつ女に嫌われそうなバブルな風貌。70年代だったら麻丘めぐみみたいな歌謡曲歌手になってたと思うけど、この当時は歌謡曲というジャンル自体、演歌を除いて死滅していた。

この人はスカウトされて芸能界に入ったわけではない。「イメージガールコンテスト」に応募したんだからつまり、芸能界に入りたかったわけだ。ところが入ってみるとどうしていいのか、何がやりたいのかわからない。このあたり、美大に入ったはいいが何を描けばいいのかわからなくて苦しんだ、という辛い過去がある僕が思い入れを持つところです。で、ファーストアルバムはこんな感じ。

森高千里を聴くとなぜ泣けてくるのか_c0070938_2575924.jpgNEW SEASON (1987年7月25日)
1. 涙グッバイ
2. 夢の終り
3. 林檎酒のルール
4. オーティスレディングに乾杯
5. WAYS
6. ピリオド(アルバム・ヴァージョン)
7. あの日のフォトグラフ
8. ミス・レディ
9. ニュー・シーズン(ロング・ヴァージョン)

まあ基本的に「女ロッカー」という路線だ。ファーストシングルが「NEW SEASON」で、ファーストアルバムが「NEW SEASON」。セカンドシングルは1987年10月25日発売「オーヴァーヒート・ナイト」。『OVERHEAT. NIGHT』 セルフライナーノートでは「これのプロモビデオを今見ると、私のやる気のなさというか、やらされてる感が残念で、申し訳ない」みたいなことを笑って語っておられる。「オーヴァーヒート・ナイト」はいま聴いても名曲だと思うが、「クラブカフェでダンシン」という歌詞で始まる、まあ本当に、バカバカしい歌だ。この曲が入ったセカンドアルバムは当然「オーヴァーヒート・ナイト」というタイトルになる予定だった、はずだ。しかし。転機が訪れる。



セカンドアルバムのレコーディング中、スタッフから「歌詞書いてみれば?」と言われたんだそうだ。スタッフって誰だよ。そのスタッフには国民栄誉賞を与えるべきだ。それで苦しみながらも無理矢理書き上げたのが「ミーハー」。いつもの斉藤英夫のメロディに彼女の詞、彼女の歌が乗って、それを聴いたスタッフは誰もが戦慄を覚えた(想像)。あるいは天啓を得た。もうね、これだ、と。この娘はコレで売ろうと。二枚目じゃなくて二枚目半で行こうと。コレ行けまっせ、と。もうオーティスレディングとかどうでもええわと。バカバカしさのベクトルがちゃうで、と。斯くして88年3月に発売されたセカンドアルバムは「オーヴァーヒート・ナイト」ではなく、「ミーハー」と名付けられた(「ミーハー」なのか「ザ・ミーハー」なのか判然としない)。

森高千里を聴くとなぜ泣けてくるのか_c0070938_17175149.png

「ミーハー」はすべてを変えた。写真は左がオリジナルの「オーヴァーヒート・ナイト」プロモビデオ、右が89年のツアーでの「オーヴァーヒート・ナイト」。ミニスカにハイヒールなのは共通だが、黒づくめでエナメルタイトスカートのハードな女ロッカー路線から、フリフリピンクリボンにフリフリスカートのミーハーバカアイドルに変貌を遂げた。森高千里というイメージを発明したのは事務所のスタッフでも事務所の社長でもなく、森高千里なのだ。

森高千里を聴くとなぜ泣けてくるのか_c0070938_314347.jpgミーハー (1988年3月25日)
1. オーヴァーヒート・ナイト(アルバム・ヴァージョン)
2. YOKOHAMA ワン・ナイト
3. グッバイ・シーズン(アルバム・ヴァージョン)
4. キャント・セイ・グッバイ
5. PI・A・NO
6. 47ハード・ナイツ
7. ウィークエンド・ブルー(アルバム・ミックス)
8. キス・ザ・ナイト
9. ミーハー
10. ゲット・スマイル(ロング・ヴァージョン)

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以降は本人も歌詞というものに意識的になり、やがてビートルズの歌詞に出会う。例えばこんな歌詞に。

Penny Lane

ペニー・レインには写真を飾った床屋がある
来てくれた客の頭を撮った写真
立ち寄ってくれた人々を撮った写真

角には銀行があって 自家用車を持っている
小さな子供たちは陰で笑っている
銀行家はどしゃぶりでも決してレインコートを着ない
とても変

ペニー・レインは僕の耳に 目の中に
青い郊外の空の下に
僕は座ってしばし戻る
 
彼女はこれに衝撃を受けた。なんだこれはと。これが歌詞かと。歌詞ってこんなんでいいのかと。歌詞は歌詞っぽくなくちゃダメ、という思い込みを破壊されたんだそうです。たしかにこの詞には形式的な歌詞らしさがないし、内容にもエモーションがない。抱きしめたいとか、アイウォンチューとか、あなたを思うと会いたくて震えが止まらないとか、どこまでも思い切り走っていきたいとか、折れた煙草の吸い殻であなたの嘘がわかるのよとか、「クラブカフェでダンシン」とか「じれったいエモーション」とか「濡れた瞳シークレット」とか「目隠ししてキスミー、息を止めてキルミー、パントマイムでプリーズカムトゥミー」とか「じらさずに抱いて、ここからさらって、これ以上試さないで」とか「空回りのルーレット、踊らずにいられないの」とか、そういうのが何にもない。なくてええんかいと。ビートルズというこれ以上ない権威が、なくていいと言ってる以上は、安心して、なくていいんだと。ビートルズから何かを学んだというミュージシャンは世界中に大量にいるはずだが、「中学生の作文みたいな歌詞を学んだ」という人は他にはそういないのではないか。そうして森高の孤高の暴走が始まる。

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森高千里を聴くとなぜ泣けてくるのか_c0070938_421211.jpg見て (1988年11月17日)
1. おもしろい(森高コネクション)
2. 別れた女
3. 私が変?
4. アローン
5. ストレス
6. 出たがり
7. 戻れない夏
8. 見て
9. レット・ミー・ゴー

9曲中7曲を森高が作詞。走り出したところだ。曲のタイトルを一見しただけで、ファーストアルバムとはもはや別人である。「出たがり」なんつータイトルの曲を歌う女ロッカーがいるだろうか。

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1989年5月25日、7枚目のシングル「17才」発売。ハマった。売れた。南沙織の17才をカバーしてミニスカートでユーロビートで踊ろうなんて発想も初期の路線からは考えられないことで、やはりここにもミーハー・インパクトが作用している。「初のオリコンシングルチャート8位に入ってヒット曲となり、ザ・ベストテンやザ・トップテンなどの歌番組にも出演した。平成の世ではこのカヴァーの方が有名になり、カラオケの機種によっては、南沙織の曲に『17才』が含まれず、森高の曲にだけ入っている、ということもあった」と Wikipedia にある。僕もこの曲のヒットのおかげで森高千里という存在を知った。当時秋葉原を歩いてると電気屋の1階の大画面テレビはすべてこれを流していたものだ。ここに至って斉藤英夫のユーロビート路線と森高本人のミーハー路線が完全に融合し、アウフヘーベンされた。アウフヘーベンというのは1と1が出会った時に2を大きく越えた別次元の何ものかに化けることだ。例えば刺身と醤油のように。森高千里は「17才」で別次元の森高千里に化けた。森高は森高に生まれない。森高になるのだ。

ロッカー路線を離れたことによって初めて本当のロックになった、という感じもする。元歌に激しくミスマッチなデンデロユーロビート、居場所を見つけた、コレだ、という高揚感、自信に満ちた表情と、「私はいま生きている」というリフレインの圧倒的なハマり具合が素晴らしい。奇跡的だ。

そうだ、ここまで書いてきてようやく気付いた。森高千里を聴くとなぜ泣けてくるのかはわからないが、森高千里の17才が泣けるのはまさにその、「当時の本人の状況なり表情なりと、歌詞が奇跡的にシンクロしてるから」だ。「あなたの腕をすり抜けて私は走り出す」「走り出すと息もできないほど眩しい」「私はいま 生きている」。

 ちなみにこの人のボーカルやギターを讃える声というのはあまり聞いたことないけど、ドラマーとしての森高千里は多くのミュージシャンから一目置かれ、テイ・トウワのアルバムに参加したりしている。この人の振り付けには太鼓を叩く動作が多いけど、そういうのも関係してるんだろうか。



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森高千里を聴くとなぜ泣けてくるのか_c0070938_18291416.jpg非実力派宣言 (1989年7月25日)
1. 17才(カーネーション・ヴァージョン)
2. これっきりバイバイ
3. だいて
4. 非実力派宣言
5. 今度私どこか連れていって下さいよ
6. はだかにはならない
7. 私はおんち
8. しりたがり
9. 若すぎた恋
10. A君の悲劇
11. 夜の煙突
12. その後の私(森高コネクション)
13. 夢の中のキス
14. 17才(オレンジ・ミックス)

個人的にとりわけ好きなのは「A君の悲劇」です。
空港でぐうぜーんー出会あーったー/4年振ーりーだーわー/あの頃、とても好ーきーだあったのー/あなたのーこーとーを/胸がと・きめいたーのーすーごーくー/何だかーヘーンよ/背が高くなあったのーねー/魅力的だわ/声をかけ・たーのー私/驚いた・あーなーたーの顔には/泣き出しそうな笑顔/何故そんな顔をしたの/話をしてみたらなるほど/あれからずっと/私のことが好きだったの/嬉しいけれど/恋人のひとりもいないの/情けないわね/16の頃あなーた・輝いていた/4年もカ・ノージョ・い・な・い/若いのに・信じられーないわ/よくガマン・して・るーわ・ね/私が・みーんな悪いーの・/まるで悲劇な喜劇/もてない方じゃなかったのに/言わなきゃ良かったわね/私はうまくやってる/恋人のヒトリーもいないの/気持ちワールーイーわ/久し振り会えたのに/これじゃガッカリ/まるで悲劇な喜劇/普通では考えられない/4年もカ・ノージョ・い・な・い/自慢にはならないはず

...ゴメンね

森高ランド(1989年12月10日/ベスト盤)

古今東西 (1990年10月17日)
1. プロローグ
2. 鬼たいじ
3. ザ・バスターズ・ブルース
4. インタールードNo.5
5. あるOLの青春~A子の場合(森高コネクション)
6. OYE COMO VA
7. 雨(アルバム・ヴァージョン)
8. 大冒険
9. 香港
10. 晴れ
11. 岬
12. ファンキー・モンキー・ベイビー
13. 月夜の航海
14. 友達
15. この街
16. テリヤキ・バーガー
17. エピローグ
18. うちにかぎってそんなことはないはず

ROCK ALIVE (1992年3月25日)
1. コンサートの夜[アルバム・ヴァージョン]
2. やっちまいな
3. 私がオバさんになっても
4. 叔母さん
5. ギター
6. THE BLUE BLUES
7. ファイト!![アルバム・ヴァージョン]
8. ふるさとの空
9. ROCK ALIVE
10. 酔わせてよ今夜だけ
11. 見つけたサイフ
12. RHYTHMとBASS
13. わかりました
14. BOSSA MARINA
15. 夏の海
16. 雨のち晴れ

ペパーランド (1992年11月18日)
1. ペパーランド
2. どっちもどっち
3. 頭が痛い
4. サンライズ
5. ロックンロール県庁所在地
6. 雨の朝
7. 常夏のパラダイス
8. Uターン(我が家)
9. ごきげんな朝
10. ROCK ALARM CLOCK
11. 青い海

LUCKY 7(1993年5月10日)
1. 手をたたこう
2. 短気は損気
3. 晴れた日曜日
4. 地味な女
5. 遠い昔
6. ばっさりやってよ
7. 私の夏
8. I LOVE YOU
9.ハエ男
10. 渡良瀬橋
11. さよなら私の恋
12. 友達の彼
13. 男のロマン
14. Memories

個人的には1989年、「17才」で森高の存在を知り、森高に目覚め、その後はリアルタイム・モリタカーとなった。『非実力派宣言』『森高ランド』『古今東西』『ROCK ALIVE』。新譜を聴くたびに興奮した。『ペパーランド』『LUCKY 7』で初めて失望を感じ、その後は積極的な興味を失った。残念だが、仕方がない。すべてのピークは、必ず失速する。ゆらゆら帝国であれピチカートファイヴであれユーミンであれボブ・ディランであれ、例外はない(ぜんぜん関係ないけど出版社の人に聞いたおもしろい話を思い出した。「一発ベストセラーを出した後で消えていく著者というのは山ほどいるが、その後で再び盛り返した人は日本人ではひとりしかいない。誰でしょう。答は、養老孟司です」だそうです。ほんとかどうかは知らないけど)。

仮に、「何々をやりたいっ」というのを正のモチベーション、「何々は、したくないっ」というのを負のモチベーションと呼ぶとしたら、森高千里の主たるインパクトは「歌詞らしさ、という呪縛に縛られる必要はないっ」という負のモチベーションにあったのではないか。負のモチベーションによる創作は、もともとそんなに長くは続かない性質のものだ。と思う。

「カレーが好き」という気持ちをモチベーションに日々カレーを追求してる料理人はたくさんいるが、「カレーが嫌い」「料理はカレーだけじゃない」だけでは料理を作るモチベーションにはなり得ない。正のビジョン、つまり「カレーが嫌いなのはわかったから、じゃあお前は、何をやりたいのか」という問いに対する答えがないと、創作の継続はむずかしい。まあ一般論として、僕はそう感じます。
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しかしいまこうして曲名見ると、『ペパーランド』『LUCKY 7』ってかなり名盤だな。『青い海』とか『地味な女』『I LOVE YOU』とかむっちゃ名曲やん。そうだったのか。



98年、29歳の「夜の煙突」@赤坂Blitz。メークのせいかも知れないが頬が痩せてる。しかし凄いですね。客席の熱狂だけ見たら、ミッシェル・ガン・エレファントかと思うくらい。

今後の希望としては、森高千里による麻丘めぐみカバー集、というのを出してくれないかなー。売れると思うんだけど。

http://www.youtube.com/watch?v=IY5rsCob2Xs&feature=share&list=RDTyW9fYZuYr8&index=1
by nobiox | 2012-11-25 01:31 | ├音楽 |
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