日本語は多いか("大きい方")(「ビバリーヒルズ日本語白書」試作)
日本語は世界でもまれに見る精緻な言語で、単純に単語数だけを見ても、その量は他の言語に比べて突出している。例えば歳時記をパラパラ眺めてみるだけでも、日本語の持つ語彙の膨大さ、表現力の豊かさを、誰もが実感し、納得するであろう。
・・・と、こういうことを言うと、100人中85人くらいの日本人が、そうだろうそうだろうその通りだと、うなずくと思う。だけど、それは間違いだ。

いや、間違いは言い過ぎか。言い直します。日本語が多いか少ないかは知らない。ただ少なくとも、大和言葉は少ない。大和言葉のボキャブラリーは、英語や中国語に比べたら、はるかに貧弱である。したがって日本語本来の特徴は「多い」よりもむしろ、「少ない」だ。ソースは、オレ。

ちょっと考えれば明らかだろう。「速い / 早い」「飛ぶ / 跳ぶ」「見る / 観る / 診る」「跳ねる / 撥ねる /刎ねる」「焼く / 灼く / 妬く」「覚める / 醒める / 褪める / 冷める」「急く / 咳く」「吹く / 噴く」「帰る / 返る」「突く / 着く / 付く / 就く」 「触る / 障る」「打つ / 撃つ / 伐つ / 討つ / 射つ」「取る / 撮る / 盗る / 捕る / 獲る / 摂る / 執る」「熱い / 暑い / 厚い / 篤い」などなど、漢字の助けを借りなくては区別できないやまと言葉は、いくらでも思いつく。逆は、ひとつも思いつかない。

「速」と「早」はどっちも「はやい」だが、それは日本語での話であって、中国人にしてみれば全く別の読みを持つ、全く別の語だ。やまと民族が一語で曖昧に済ませていたものを、中華民族はいちいち細かく執拗に偏執的に博覧強記に、本居宣長言うところの「こちたきさかしら心もて」意味合いを分別して、個々に別々の言葉を当てている。そして英語でも、これらの多くは区別される。速いはファーストで、早いはアーリー。飛ぶはフライで、跳ぶはジャンプ。それぞれ全然違う語だ。全然似てない。はっきりした区別がある。大和語は英語や中国語に比べて、非常に区別の少ない、おおらかな言語である。

英語と中国語とどっちが多いか、知らないけど、英語じゃないか。最近 iPhone のおかげで、レティーナという英単語が日本でも有名になった。Retina。網膜。すごいですよ。網膜などという、一生のうちでもそう何度も話題に出ないもののために、専用の単語があるなんて。もちろん「網膜」という二字熟語だって単語だが、専用の度合いが違う気がする。漢字は造語能力が高いので、そこまで専用にこだわらなくても、いろんな熟語を生み出せる。

◆◆

「やあジェーン、今日もきれいだね。そのはち切れそうな胸ポケットに、何が入ってるんだい?」
「ハーイ、グレッグ。ゆうべのETVのジャパン特集、見た?」
「おいおい、なんだよいきなり。朝からアニメとヘンタイの話かい?」
「見てないの? アニメの話でもヘンタイの話でもないわ。日本語の話よ」
「日本語ならアニメとヘンタイ以外にも知ってるぜ。ナルトだろ、イチローだろ、アリガト、サヨナラ、フジサン、ガイジンサン、ケッコンシテマスカ・・・」
「日本語にはね、マンスに当たる言葉がないんだって。代わりにムーンを使うの」
「なんだって?」
「ジャニュアリー、フェブラリー、マーチのことを、ワン・ムーン、ツー・ムーン、スリー・ムーンって言うの」
「ジェーン、いくらなんでもワン・ムーンはないよ。せめてファースト・ムーンだろ」
「それが・・・ファースト、セカンド、サードっていう言い方がないんだって」
「へえ・・・そりゃまたずいぶん・・・なんと言うか・・・大昔の話なんじゃないの?」
「いいえ。まぎれもなく現代の日本の話よ。日本語には、デイに当たる言葉もないの。代わりに・・・」
「おい、まさか・・・」
「ピンポーン。そのまさかよ。Sun を使うの。発音は "ひ"」
「OH・・・」
「しかも、日本語の "ひ" は、Fire のことでもあるの」
「そいつは・・・すごいね」
「On、Above、Over の区別もないの。全部、"うえ"。 Below、Under は全部、"した"」
「・・・」
「Need も Must もないんだって」
「え?」
「You must work は日本語で "あなたは・はたらかなくては・ならない"っていうんだけど、これはね、英語に直訳するのがすごくむずかしいの。"あなたにおいて・働かないという選択肢は・アベイラブルではない" だったかな。"あなたが働かないとしたら許されない" かな。とにかく二重否定」
「Must を使わずに Must の意味を表すには二重否定が必要だ、ってことか。大雑把なのか細かいのかよくわからないな」
「さらに、その後半を省略して "働かなくっちゃ" とかって言うんだって。"働かないとしたら"って意味」
「働かないとしたら? したら何?」
「だからー、"働かないとしたら許されない" の "許されない" を省略した形よ」
「結論を省略するの? なんで?」
「さあ・・・」
「それじゃ働く必要があるのかないのか、わかんないじゃないか」
「日本人にはわかるのね。テレパシーじゃないの?」
「さすがに昔の話だよな?」
「いいえ。現代の話」

◆◆

「日本人はビーフのことを、カウ肉とかオックス肉って言うの。ポークはピッグ肉」
「ははっ。それじゃチキンはコック肉?」
「それが違うのよっ!! 日本語でチキンはね・・・」
「ジェーン、なんだい? そのテンションは。期待しちゃうよ」
「・・・・バード肉だって!!!!!」
「ワオゥ! 最高だな日本人って」
「感動的なおおらかさよね。こういうのを日本語で "ドンブリカンジョー"って言うのよ」
「だけどジェーン、オレだって馬鹿じゃないんだ。彼らは古来農耕民族で、その・・・肉食関係には・・・」
「そうね。農耕関係は彼らの領域ね。ライスはコメ、ボイルドライスのことはゴハン、とかって、その辺のボリャブラリーは私たちよりも豊富みたい」
「そうだろ。ある言語のボキャブラリーの発達程度は、ライフスタイルによって・・・」
「だけど動詞が、すっごく少ないんだって」
「・・・あまり動かないライフスタイルなのかな?」
「英語の場合、名詞がそのまま動詞として使えることが多いでしょ。マップとか、スケジュールとか」
「グーグルとか」
「そうそう。日本語は動詞の、その、なんて言ったらいいのかしら・・・条件が厳しいのね。新しい動詞が作りにくいのよ。"レイン" に当たる動詞がなくて、レインがフォールする、とかっていちいち言うの。"ドリーム" も、ドリームを見る、とか。"結婚する"っていう動詞もないの。"マリッジをする"って言うの。"LOVE"だってないのよ。"LOVEをする"って言うの」
「よくそんなんで、ウォークマンを発明したもんだな」
「ウォークマンは発明じゃないわ。すでにあったものを組み合わせただけよ」
「だけど、なんか、その・・・会議が長引きそうな言語だね」
「それはわかんないけど・・・ジャンプっていう動詞は日本語で "とぶ" って言うんだけど、フライも "とぶ" で、スキップ、ええと、1、2、3と来て4番をスキップして5、とかっていう時のスキップも、 "とぶ" なんだって」
「Jump と Fly と Skip・・・」
「See と Watch と Nurse もよ。全部 "みる"」
「なるほど。Nurse は英語でも Watch って言うもんね」
「英語ってすごく繊細でしょ。日本人はすごく大雑把なの。Juice も Soup も "しる" だとか」
「そいつはクールだ」
「オーガズムに達することを日本語でなんて言うか知ってる?」
「ジェーン、ナイスな質問をありがとう。あー、んー、・・・・・・・そうだな、"Juice をする" かな」
「もっとシンプルな言葉よ」
「ははん、シンプルね。"Do" かな」
「正解は "Go" よ」
「・・・」
「すごいでしょ」
「ちょっと、鳥肌立った。詩人だよ、日本人ってのは」
「そうなの。私もね、最初はあきれて見てたのよ。なんて原始的で幼稚な言語なのかしら、って。だけどそうじゃないの。たしかに、物事を細かく分類して細かく名前をつけるのも知性のひとつのあり方だけど、分類しないっていうのも、尊重すべきひとつの文化なのよ。食事のためにいろんな形のナイフやフォークやスプーンを使うのも文化、なんでもチョップスティックで食べるのも文化。日本にはハンドバッグもボストンバッグもトランクもないのよ。何でもフロシキを使うの。それが彼らの、エコシステムなのよ」
「バッグがない? ほんとに?」
「ええ。確かよ。ゆうべの番組でそう言ってたもの」
「女子高生もビジネスパーソンも? 日本人ってルイ・ヴィトンのバッグが大好きなんだろ?」
「それは・・・投資目的じゃないの?」
「オレはアニメで "LANDOSELU" と呼ばれるバッグを見たことあるぜ?」
「まあ、例外はあるかもね。もっと凄いことを教えてあげる。"もの" っていう日本語があってね、それがね、Object っていう意味であり、同時に、Person の意味でもあるの」
「・・・」
「"Bigger One" っていう言葉も衝撃だったわ」
「"大きい方" ・・・????」
「どういう意味だと思う?」
「わかった。当てちゃってもいいのかい?」
「もちろん」
「巨根」
「ブーッ。ハズレ」
「巨乳」
「ブーッ。日本語の "Bigger One" にはね、ふたつの意味があるの」
「大金持ち」
「ブーッ。ハズレよ。ふふっ。ひとつはね、紙幣」
「・・・・へえ・・・・なるほど。もうひとつは?」
「ウンコ」
「・・・・からかってるのかい?」
「Oh !、グレッグ、ほんとなんだってば!!! あとね、生理のことは日本語でなんて言うか知ってる?」
「ジェーン、そんなセクシーな目でそんな・・・ええと・・・」
「Object of the moon とか、Touch of the moon って言うんだって」
「Oh... I feel something...mmm............」
「ブルース・リー?」
「ああ、Feel、それは Moonを指差すのと同じだ、とかいう名台詞があったな。だけど・・・」
「Zen?」
「そう、ゼンだ。水墨画の余白が宇宙を表すとか、ボンサイが世界を表すとか、まさにそういう世界観に支えられた言語だ」

◆◆

日本語が精緻で単語数が多い、という思い込みの背後には、多い方が必ず偉い、という思い込みがある。

語数が多いほど表現力が豊か、というのは、たぶん多くの場合に真理だろう。が、すべての場合ではない。例えば「人生」と「生命」は、英語ではどっちも「Life」だ。「人生と生命に関しては日本語の方が細かい」と言える。では、人生と生命に関しては日本語の方が豊かな表現が可能なのか。

そういう側面もあるだろう。しかし、そうでない側面もある。「Life is beautiful」というとき、「Life」には「人生、人だけでなく獣や鳥や魚や虫の暮らし、木々や草花の成長と新陳代謝、そして、生命そのもの」という意味がある。たった一語でそれを表現できる「Life」は、いわば、豊かで大きい言葉だ。「英語には人生に当たる言葉がない。代わりに "いのち" と言う」わけだが、このとき同時に逆も言える。「人生」と「生命」と「日々の暮らし」を包摂する「Life」に当たる言葉は、日本語には存在しない、と。

日本人は太陽を「ひ」と呼び、24時間単位の時間区分を「ひ」と呼び、火炎を「ひ」と呼ぶ。大和言葉にはそれらの区別が、ない。そして、区別する方が偉いかどうかは一概に決められない。我々が「日が暮れる」というとき、太陽が沈み陽射しが失われるという意味と、今日という一日が終わりつつある、という意味合いとを、無意識の裡に重ねている。「ひに当たって暖まりたい」というとき、ファイヤーとサンシャインを無意識に重ねている。「ひ」は、豊かな概念だ。「ひ」に当たる言葉は英語には存在しない、とも言える。

◆◆

「分類が少ないっていうことは、ひとつの言葉が大きな、豊かな、フレキシブルな、包摂的な概念だってことなのよ。だからハイクは、わずか17音で宇宙を包摂するんだわ。東洋の神秘には、理由があったのよ」
「フロシキのように?」
「そうっ、リョウアンジ・テンプルの石庭のようにね」
「ねえジェーン、これからフレキシブルに学校を抜け出して、ゼンの精神について語り合わないか? 僕たちならきっと・・・」
「きっと、なあに?」
「僕ならきっとジェーンのことを、"Go" させてあげられると思うんだ」
「まあっ、グレッグったら。ふふっ。私のこと "Juice" したいの?」
「決まりだ」
(音楽。画面はフェード・アウト)
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by nobiox | 2012-05-07 23:43 | ├自分用メモ |
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