モンティ・ホール問題、その特殊な条件
テレビのクイズ・バラエティショー。ステージにみっつの扉がある。うちひとつに豪華景品が入っていて、残りふたつはハズレ。出演者はどれかひとつの扉を選ぶ(仮に扉Aとする。まだ開けない)。選んだところで司会の草野仁さんが言う。「ファイナルアンサー?」言いながら、残りふたつのうちひとつのドアを開けてしまう(当然ハズレ。Bとする)。残るドアはAとC。草野さん、さらに言う。「スイッチしますか?」
Wikipediaより:1990年、ニュース雑誌"Parade magazine" のコラムニスト、マリリン・ボス・サバントが読者の質問に「正解は『スイッチする』である。スイッチすれば当たる確率が2倍になる」と回答したところ、「彼女の解答は間違っている」との1万通の投書が殺到した。投書には1000人近い博士号保持者からのものも含まれていた。ポール・エルデシュのような大学者さえマリリンの答えを「あり得ない」と主張した(後に誤りを認め、謝罪している)。コンピュータで条件を入力して解析した所、マリリンの答えは正しかった事が証明された。

1万通の投書って本当だろうか。百万部売れてる雑誌でも滅多に1万通の投書は来ないと思うんだけど。投書がたくさんあって、投書欄に載って、投書欄で議論になってまた投書が来てどんどん盛り上がってえんえんと収束を見ず、結局トータル1万通、ってことだろうか。だとするとマリリンを支持する意見も相当数あったのかも知れない。確率の話ってやたらめったら盛り上がるんだよなあ。「竹中平蔵を叩いてる人はどうしちゃったの?数学を使わない説明するからちゃんと読め」のコメント欄なんてもう、大変なことになっている。HTMLの話も時として危険だが、確率の話はその500倍おそろしい。

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モンティ・ホール問題を初めて聞いた人は大概、「スイッチしてもしなくても確率は同じ」と考える。「じつはスイッチした方が得なんだよ」「コンピュータで解析して、マリリンの正しさが証明されたんだよ」とか聞かされても、なかなか納得しづらい。「条件を入力して」というのがミソだ。どういう条件を設定するかで、つまり、ルール次第で、結論は大きく変わる。草野さんがどういうつもりで開けたのかがわからないのであれば、「スイッチしてもしなくても確率は同じ」というのも、間違いではない。

1.
どのドアが当たりか草野さんが知らず、当てずっぽうで偶然ハズレのドアを開けた(あるいは予期せぬ突風で偶然ハズレのドアが開いた)のだとすると、スイッチしてもしなくても当たる確率は同じだ。あらためて考えなくても直感で誰もが知っている。多くの人がマリリンの回答に違和感を抱く理由はこれだ。
 実験してみよう。実験はひとりでもできるし、脳内でもできる。トランプなり花札なりを3枚選び、1枚を当たりと決め、テーブルに伏せてシャッフルして並べる。左手を出演者、右手を草野さんと決める。左手で1枚選ぶ。まだ開けない。右手(草野さん)で1枚開ける。これが当たりだったら場内大ブーイングでそこで終わり。ハズレだったら、左手、スイッチして開ける。300回実験すると、約100回は草野さんが当たり、約100回はスイッチして当たり、約100回はスイッチしてハズレ。スイッチしてもしなくても確率は同じ。(ちなみに、草野さんが当たりを引いた場合もそこで終わらせずにスイッチして開ける、というルールにすると、約100回はスイッチして当たり、約200回はスイッチしてハズレとなる。これは「スイッチしない方が有利」を意味しない。スイッチせずに300回やっても、約100回は当たり、約200回はハズレ。つまり、「スイッチしようがしまいが期待値は変わらない」を意味する)

2.
「A:草野さんはいつでも必ず残りのドアのうち1つを開く」かつ、「B:そのドアは必ずハズレ」という特殊な(Bはテレビ的に考えて確かに常識的な推定だろうが、Aはルールとして明示されない限りわからない)条件を設定した場合のみ、スイッチした方が確率上2倍有利、という結論になる。実験1で、草野さんが当たりだった分がごっそり「スイッチして当たり」に上乗せされるからだ。
 実験してみよう。左手で1枚選ぶ。まだ開けない。右手で2枚開け、当たりが入っていたら当たりを場に戻す。両方ハズレだったらどっちでもいいから1枚戻す。左手、スイッチして開ける。300回やると、約200回は右手で開けた2枚に当たりが入ってるはずだ。その場合はすべてスイッチして当たり。約100回は右手で開けた2枚ともハズレだろう。その場合はスイッチすればハズレ。
 実際に何度かやってみればすぐにわかるが、やってることは要するに「左手で最初に選んだカードを開け、ハズレだったら『スイッチして当たり』、当たりだったら『スイッチしてハズレ』」というのと同じだ。最初に選んだカードはハズレてる可能性の方が2倍高いんだから、スイッチすれば確率2倍増。

3.
現にハズレが開いた、という事実があっても、開いた理由がわからないと確率を計算できない、というのは不思議だ。不思議だからこそ、この話は人気がある。司会者の意図が確率を大きく左右し得ること(また、上記の条件Aの必要性)を納得するには、「草野さんは、出演者が最初に当たりを選んだ場合だけ、ハズレを開けてスイッチをうながす」という条件を想像してみるのがいい。この場合、スイッチしなければ100%当たり、スイッチしたら必ずハズレだ。

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ところで、普通の人にとって、クイズ番組に出る機会なんてそう何度もない。一生に1度しかないことについて「300回やったらこうなる」とか論じることに、意味はあるのだろうか。例えば、一度きりの特番だったら?
 そう、確率に頼るヤツはせいぜいが秀才止まり、超一流は今ひとたびの覚悟に賭ける、覚悟はハカリの外にある、確率論で勝てるのはぬるま湯で長いスパンの状況だけ、と、カイジやアカギや鷲巣巌なら言うはずだ。そういうのも正しい、のかも知れない。竹中平蔵の「東海大地震がこの1年で起こる確率は2.9%、この一カ月の確率は0.2%」という発言に、「災害を確率で語る方がどうかしている」とリツイートした人がいる。アカギ型の人だ。そう思う人は決して少なくないのだろう。それはそれで正しいような気もするが、

いやいやいや、災害対策こそ確率に基づいて合理的に判断すべきでしょう、あなただって「30年で87%」と聞いてヤバいと思ったんでしょ、あなただって確率を重視してるじゃないの、そもそも低量被曝の危険性のことを「確率的影響」と呼ぶんですよ、というようなことも思う。どうなんだろ。確率の話はむずかしい。「確率の話はむずかしい」と言うと、考えはまとまってるんだが説明するのがむずかしい、みたいに聞こえるが、そうではなく、どう考えるべきなのか、が、正直よくわからない。
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by nobiox | 2011-05-14 13:48 | ├自分用メモ |
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