ナベツネはスプリングスティーンの夢を見るか
これは大昔、インターネットもJリーグも携帯電話もCDも存在しなかった時代、たぶんFAXと留守番電話が一般家庭に普及し始めた時代に、渋谷陽一がFMでしゃべってた話。渋谷陽一自身も誰かに聞いた話だと思う。すでに僕は彼がやっていた番組のタイトルを思い出せない。当時SONYのラジカセを持ってたことを覚えている。よいこのみんなはラジカセなんて知らないと思うけど。

1980年12月8日。ツアー中だったブルース・スプリングスティーンはジョン・レノンの死のニュースに接した。一様にショックを受け、今夜のコンサートはキャンセルだ、こんな夜にショーなんてできないぜと口々に言うスタッフを、スプリングスティーンはどやしつけた。ヘイ、ユー、How can you say that? お前たち何を言ってるんだ、こんな夜だからこそプレイするんだ。絶対にやらなくてはならない。その夜のショーは予定時間を大幅に上回って続き、彼は汗と涙と涎をまき散らしながら、「ボーン・トゥ・ラン」を30分にも渡って歌い続けたという。ほんまかいな(「Born To Run」は詩にもメロディにも起承転結がある。即興でロングバージョンができるわけないだろ、という気はしないでもない)。

次は今月の話。このたびの東日本大震災から4日間休演していたNODA MAP は15日に上演を再開し、野田秀樹は再開の挨拶として「この自分の首をしめる自主規制のような事態は、のちのちの社会や文化に窮屈で不自由な爪痕を残します。つまり「こういう事態が起こっている時に、音楽や美術や演劇などをやり続けるなどもっての外だ!」という考えが蔓延することです」 「日常の営みを消してはならないように、劇場の灯も消してはいけない」と語った。

◆ ◆

ラジオを聞いてると、ナベツネ(の、セリーグ開幕強行路線)を批判する人の言い分は多くの場合「こんなときに不謹慎だ。電気の問題もあるし」みたいだけど(星野仙一の言い分は「空気読め」だそうだ)、そういう言い分にはオレは賛成しないぞ。電気の問題と不謹慎の話は別だ。電気の問題はあるが不謹慎とは思わない。1ヶ月で復旧する話なら、1ヶ月謹慎するのもいいかも知れない。だけど今回のは、間違いなく10年以上かかる。10年も謹慎してたら復旧を阻害しますよ(まあ1ヶ月でもそうだと思うけど)。

こんな時に野球なんてできない、という選手のコメントをちらほら見る。気持ちはわかる。野田秀樹だって三谷幸喜だってお笑い芸人だってみんな、今、自問自答し、苦しんでいる。長澤まさみはなんとかいうラジオのパーソナリティとして「いま、言っちゃいけないことがたくさんあるような気がして、しゃべるのがすごく怖いしむずかしい。だけどがんばって元気出します」みたいなことを語っていた。正直なところ、まさか長澤まさみに感動させられるとは思わなかったよ。別のなんとかいうラジオのパーソナリティとして冒頭に「お笑いって因果な商売やなあ」と言ってから最後までお通夜みたいだった(僕の大好きな)千原ジュニアよりも、僕は(ほぼ興味のない)長澤まさみに感動してしまった。ナベツネはたぶん、スプリングスティーンのファンなんだろう。僕も(電気の問題を別にすれば)野球はやるべきだと思う。なんでもかんでも不謹慎不謹慎いう、ビートたけしすらがかぶりものの収録を自粛したという総翼賛謹慎ファッショは恐ろしい。論理的でない消費者の行動を風評被害と呼ぶとすれば、「こんな時に野球は不謹慎」というのも一種の風評被害じゃないか。

別にナベツネの肩を持つ気はない。同じことを言ってるのに何故スプリングスティーンや野田秀樹の話は美談とされ、なぜ自分たちには非難が集中するのか、どこに差があるのか、何故世間は星野仙一を支持するのか、ナベツネや滝鼻卓雄はちょっと考えていただきたい。ちょっと考えりゃわかりそうなもんだがなー。
[PR]
by nobiox | 2011-03-23 18:12 | ├自分用メモ |
<< なぜ日本では略奪が起きないのか? | Yahoo! 知恵袋公開カンニ... >>