会田誠『カレー事件』後篇
(承前) 実家に着いて2日目、姉一家4人がタ食を一緒に食べにやってきた。

姉は母と険悪な関係にあり、近所に住んでいるにもかかわらず実家に滅多に顔を出さない。それでも、会田の息子・寅次郎(6歳)が、いとことの再会を楽しみにしていたこともあり、久しぶりの一族再会が実現したのだ。会田は半日かけてカレーを作った。自信作だった。

カレーを盛りつけていると、隣の和室からけたたましいベルの音がした。寅次郎が父の枕元の目覚まし時計を鴫らしたのだ。父は寝たきりというわけではないが、介護用べッドでウトウトしていた。機械キチガイの寅次郎はアナログ時計が珍しいのか、昨日も何度も無意味に鴨らし、母にたしなめられていた。隣を覗くと、母がベッドの脇で寅次郎の髪を掴み、引きずり回している。

「何度言ったら分かるんだ! 可哀想なおじいちゃまを唐めるな!」
 それに対して寅次郎は、
「おばあちゃんなんか大っ嫌いだ! みんな大っ嫌いだ!」
 と、顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら叫び、応戦していた。おそらく寅次郎は夕飯の支度ができつつあり、おじいちゃんを起こすつもりもあったので、叱られることが納得いかないのだろう。
 姉が「もうそれぐらいでいいでしょ」と母を制止しようとするが、
「ぜんぜん反省していないじゃないか! おばあちゃんは厳しいんだぞ!」
 と、まったく手を緩めようとはしない。寅次郎はますます油を注がれた火のようになり、
「みんな死んでしまえ!」
「こんな家なんて燃えてしまえ!」
「パパとママなんか離婚してしまえ!」
 などと、知っている限りの激烈な言葉を喚き続け、僕ら夫婦には日常的な、無限の逆ギレ状態に突入していった。

 騒然として憂鬱な時間が、このままエンドレスかと思われるほど続いた。しかし実際はほんの数分間の出来事だったのかもしれない。

 妻が「別室できちんと言い聞かせますので……」と母に言い、泣き暴れる寅次郎を強引に抱えて二階に上がり、ひとまず鼓膜破りの音源は遠ざかった。
 すると今度は母と姉の、子供の教育を巡るねちっこい口論が始まった。
「お母さんは子供の教育ってものが何も分かってないのね。あんな言い方で子供がちゃんと育つと思っているの?」
「みんな適当に、その楊しのぎに誤魔化しているだけじゃないか。本当の教育はそんな甘っちょろいもんじゃないんだ」
「バッカみたい。あなたが昔教師をやってたなんて、まったく信じられない!」

 ところで、母が教育的に叱責する時の言い回しや発音の調子は、(中略)どこか演技じみて、板についていない。(中略)だから内容の正しさや妥協しない徹底性や声量の大きさにもかかわらず、その言葉は僕の心にさほど響かなかったし、寅次郎の心にも響かなかっただろう。(中略)
 そんな母の「不自然なパフォーマンス」の、今回は特にタイミングが唐突だった気がする。それは、母がその観衆として第一に当て込んでいた姉がそこにいたからではないか、と僕は睨んでいる。(中略)分かりやすい母の反動形成である姉は、まったくすれ違いの教育論を母と口汚く交わし、怒りのボルテージをマックスまで上げた末、
「アタシこの人嫌いだから」
 という捨て台詞を僕に向かって言うと、そのまま足早に玄関から出て行った。そしてそのまま本当に帰ってこなかった。

 残された実直な郵便局員の義兄は、諦めたような悲しいような複雑な表情はしていたが、自分の妻と義母のこういう関係にはすでに慣れっこらしく、特に勤揺する様子もなく食卓に座り続けていた。中学1年生になった上の姪は、手で顔を覆い声を押し殺し、ずっと泣き続けていた。

 母はいつまでもブツブツとひとりごちながら、「自分こそ正義と信念の人」という演技を、最初の方針通り自動的にやり続けていた。もはや壊れたロボットだった。父親のリアクションは記億にないが、(中略)
 そして僕はといえば、またしても痛感することになった。——この母に育てられた、この徴妙に最悪な家庭で育った僕という人間は、おそらく一種の失敗作なんだろうな、と。無差別殺人鬼になるような露骨な失敗作ではないけれど、精神のベーシックな部分が、僅かかもしれないが確実に腐敗していることは、もはや僕には自明のことだった。

 そんな自分の「プチ病気」を、誇張したり変形したり、手を替え品を替え晒すことで、僕はアーチストという稼業を成り立たせている。そのことを再確認するための帰省だったのかな——と、ライスに盛られた本格カレーが冷えて固まり、艶を失っていくのを眺めながら、僕はぼんやり考えていた……。

おしまい。映画化するなら、姉の旦那には手塚とおるを希望する。
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by nobiox | 2010-07-27 14:28 | ├読書日記 |
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