「僕」はどうか
「ブログの一人称を『僕』にしようかと思うんだけど」
「いいんでないの」
「基本は『私』でずーっとやってたんだけど」
「うん。いいじゃん、『私』で。なんで変えるの」
「いや、偉そうかと思って」
「あー」

「オレさあ、もともと偉そうだとかって誤解されやすいキャラじゃん」
「いや、誤解かそれ」
「こんなにシャイで臆病なのに」
「あー」
「『僕』の方が、好感度高くない?」
「まーねー」

「で、最近読んだ会田誠のエッセーがめちゃくちゃいいの。もちろんめちゃくちゃいいのは内容であって文体じゃないんだけど、いや、文体も素晴らしいんだけど、で、その文体が、「ですます」抜きで、一人称は『僕』なわけ。おお、これで行こう、と思って。それで、ちょっと前に書いた記事の、一人称を『僕』に書き換えてみたの。そしたらさあ、なんか、すげー恥ずかしいんですけど。自意識過剰でしょうか。『私』ってさ、楽なんだよ。素じゃ言えないことでも『私』が主語だと書けたりとか。なんか、日本語で言えないことが英語だと言える、みたいな話、よく聞くでしょ。そんな感じ」
「じゃあ『私』でいいじゃん」
「だけど会田誠の文章読んでも全然恥ずかしくないんだからさあ、単なる自意識過剰で、他人が読んだらなんでもないことかなやっぱり。村上春樹だって『僕』でしょう」
「村上春樹はインタビューされる時だって僕って言いそうな気がする」
「当たり前だろ。オレだってインタビューされたら『僕』って言うよ。インタビューで自分をオレなんて言うのはハウンドドッグと、ええと、」
「清原?」
「清原は、ほんとは『僕』って言うね。フィクションとしては『ワイ』」

 そう言えば中日スポーツは数年前から外国人選手の口調を変えた。以前は「うまく打てたよ。神様のおかげさ」みたいな、アメリカ映画の日本語吹き替え版みたいなカッコいい翻訳口調だったけど、今では「うまく打てました。神様のおかげです」みたいな。それは思想的に正しい変更だと、アタマでは思うんだが、どうも気持ちの上で納得いかん。アップルストアの店員の一人称が「僕」なのも、GAPの店員の挨拶が「いらっしゃいませ」じゃなくて「こんにちは」なのも微妙に納得いかん。

 それに中日スポーツの方針変更はなんだか中途半端で、ちゃんと検証はしてないけど、どうも中日ドラゴンズ所属の野球選手だけを日本人みたいな口調にして、他のチームの外人とか、大リーガーとか、外人格闘選手とかは相変わらずカッコイイ口調みたい(印象だけど)。あの中途半端さはなんとかならんものか。
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by nobiox | 2010-06-08 16:35 | ├自分用メモ |
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