「カーボンマイナスオリンピック」とは
(以下に書くことは、CO2の排出を減らすことが地球環境のために善である、という仮の前提に立っての話です。この前提が正しいという証拠は、今のところ、ないと思う)

石原慎太郎が熱烈に推進した2016年東京オリンピック構想は、「カーボンマイナスオリンピック」を目指すというのが最大の売りだった。東京都の2016年オリンピック招致活動は敗北に終わったが、東京都の招致構想がどんなものだったのか、正確に知ってる人は少ないのではないか。私はよく知らない。今からでも改めて知りたい。カーボンマイナスオリンピックってなんだ。2009年10月現在、すでに削除されているようだが、Googleのキャッシュによると、2009年3月には G-ForSE のサイトにこういう記事があったらしい。

【東京2016がカーボンマイナス・オリンピックの実現に努力】

2009年3月5日‐東京2016のカーボンマイナス・オリンピック・パラリンピック開催に向けた構想は、継続的な気運の高まりを見せています。日本の活気に満ちた首都、東京が誇る世界トップレベルの環境政策が絶えず発展を続けているからです。

東京を21世紀型の持続可能な都市へと変貌させる東京都の10ヵ年計画『10年後の東京~東京が変わる~』は、オリンピックの遺産を創出する上で東京をカーボンマイナス都市にするという革新的な公約を生むことになりました。これは10ヵ年計画と共に東京の都市環境変革を方向付けるものです。

東京都のカーボンマイナス社会実現に向けた取り組みは、東京2016のオリンピック招致プランに全面的に反映されており、会場に既存の施設を可能な限り利用することを最優先としています。また新しい施設や一時的に会場を設置する場合は、省エネ技術や太陽、風力発電などの再生可能エネルギーを用いて、高効率のパッシブ設計を積極的に取り入れる方針です。低公害車・無公害車といった排出ガスを出さない移動手段の採用もこの計画の特色といえるでしょう。

国連の気候変動枠組条約は、今年2009年12月にコペンハーゲンで行われるCOP 15(気候変動枠組条約第15回締約国会議)で最終合意に至る予定で、これに同調して東京は『カーボンマイナス東京10年プロジェクト』を推進する予定です。先端技術、官民の負担の共有、投資のインセンティブは、2000年を基準年として2020年度末までに温室効果ガスを25%削減する政策の要といえます。なお、この『カーボンマイナス東京10年プロジェクト』に関連する107のプロジェクトに対し、これまでに365億円の予算が計上されています。

『緑の東京10年プロジェクト』は、国民にグリーンな都市生活を提唱する一方で、組織的な植樹活動や自然保護におけるガイダンスなどを行い、自然環境に対する認識を高めていく方針です。

もう一つの核となるのは、現在東京湾で開発が進められている『海の森』における1,000ヘクタールに及ぶ緑地の創出です。同地では、乗馬(クロスカントリー)、自転車(マウンテンバイク、BMX)、ローイング、カヌー/カヤック(フラットウォーター)の競技が行われる予定です。海の森一帯は水路と緑の回廊を形として、東京の再生を象徴することになるでしょう。

生物多様性や水質の改善と同じく、88ヘクタールに及ぶ面積におよそ48万本の樹木が植えられます。また予定されている街路樹100万本の植樹のうち、今年4月までに東京中で54万本が植えられる予定で、これと並行して、都内121の小・中学校に芝生で遊べる場所が設置されます。

東京2016の河野一郎理事は次のように述べています。

「東京2016は史上最もコンパクトでアスリートにやさしいオリンピック、初のカーボンマイナス・オリンピックを目指しています。東京都は長期的な環境プランにより世界の主要都市を牽引しています。2016年に世界中から東京を訪れる人々に対し、記憶に残るオリンピックと、我々の緑化政策がもたらす恩恵を提供できればと願っています。」

しかし、持続可能な枠組みの中で世界レベルのスポーツ大会を見るには、なにも東京2016まで待つ必要はありません。今月22(nobio註:2009年3月22日)に開催される2009年東京マラソンは史上最も環境に優しい大会となっています。

選手、サポーター、大会関係者は、同大会の新しいアイデアを見ることができます。例えば、配布されるジャケットやキャップは再利用ポリエステルから作られ、また会場を往復する車両やバスにはハイブリッドカーを採用、飲用カップは間伐木材から作られたものが使用されています。なお、地球温暖化と環境保護の重要性を訴える為、参加する3万5,000人のランナー全員が緑色の靴紐を結ぶ予定です。

G-ForSE (Global Forum for Sports and Environment) というのが何なのかわからないが、このサイトには「G-ForSE 組織図」として下のような図が載っている。東京都が作った組織なのだろうか。


図に「GSA」というのが描いてあるが、これは「NPO法人グローバル・スポーツ・アライアンス」の略で、「GSAはスポーツを通して環境に取り組む団体で、 スポーツマンシップの一環として『エコプレー』の実践を呼びかけているスポーツ愛好家の世界的ネットワークです」ということだそうだ。

なんだかわからないがとにかくこの「G-ForSE」なる組織の記事によれば、東京都は2009年から10年計画で「カーボンマイナス都市」を達成する、という「革新的な公約」を打ち出していたらしい。カーボンマイナス・オリンピックなんてものはその反映に過ぎないらしい。まじですか。鳩山由紀夫新総理大臣がニューヨークの国連気候変動首脳会合で、2020年までに1990年比25%削減を目指すとスピーチして世界と日本を驚かせたのは9月22日のことだ。マニュフェストに大書してあったことに後から驚いてみせる日本人もどうかと思うが、とにかく25%削減なんてことは現実には不可能だろう、みたいな意見が多い。私も今のところそう思う。ところがなんとその半年前に、東京都は、10年でカーボンマイナス都市になって見せると宣言していたのである。みなさん知ってましたか。私は知らなかった。石原慎太郎という人はオリンピック招致を自らの花道と考えるからこそ情熱を燃やしているのかと思っていたが、カーボンマイナス都市というのは(CO2温暖化脅威論に立てば)オリンピック招致どころではない偉業だ。10年後の東京が達成したとしたらノーベル平和賞も夢ではない(ヨーロッパはCO2温暖化脅威論の本場だし、ノーベル平和賞はノルウェーで決まる)。ノーベル文学賞を目指した青年が数十年を経てノーベル平和賞。石原老人にとってこれ以上の花道があろうか。オリンピックが来るか来ないかなんてことはもはや些事である。これほど強烈な公約がメディアでほとんど話題になってないのは何故なのか。

家計が毎月10万円の赤字だとする。25%削減する、と鳩山演説は言った。つまり赤字を7万5千円にまで縮小して見せる、と。一方石原慎太郎率いる東京都は、黒字にして見せる、と言っている。2万5千円のカットですら非現実的とか具体策が見えないとか言われる中、10万円まるまるカットしてさらに黒字を出すと。25%の削減計画が不可能視されるなら、「100%を上回る削減」計画がさほど突っ込まれずにいたことは不思議だ。

「カーボンマイナス」とはどういうことなのか知るために、とりあえず「カーボンニュートラル (Carbon Neutral)」 という概念について知ろう。そうすればカーボンマイナスとは何か、おのずとわかるだろう。Wikipedia にはこう書いてある。

【カーボンニュートラル】
何かを生産したり、一連の人為的活動を行った際に、排出される二酸化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量である、という概念。(中略)例えば、植物のからだ(茎・葉・根など)は全て有機化合物(炭素原子を構造の基本骨格に持つ化合物)で出来ている。その植物が種から成長するとき、光合成により大気中の二酸化炭素の炭素原子を取り込んで有機化合物を作り、植物のからだを作る。そのため植物を燃やして二酸化炭素を発生させても、空気中に排出される二酸化炭素の中の炭素原子はもともと空気中に存在した炭素原子を植物が取り込んだものであるため、大気中の二酸化炭素総量の増減には影響を与えない。そのため、カーボンニュートラル(二酸化炭素=炭素循環量に対して中立である)と呼ばれる。(中略)植物由来の燃料を作って利用したとしても、製造・輸送の過程で少しでも化石燃料を使えば排出量が上回ってしまう(中略)。植物の栽培、伐採、製造・輸送などのすべての過程をライフサイクルというが、ライフサイクル全体で排出量・吸収量を考え、そこで両者が同じ量になって初めてカーボンニュートラルになる。(中略)実際、アメリカ合衆国で生産されるバイオエタノールは、生産段階で大量の化石燃料が使用されており、逆に環境負荷を増やす結果となっていることが指摘されている。

要するに、カーボンニュートラルを達成するということは、非・化石燃料ですべての電力(や熱)需要をまかなうということだ。
 例えば樫の木を大規模に植林する。木は成育の過程で光合成により空気中の二酸化炭素を取り込む。つまり、木の成分の炭素は、空気中の二酸化炭素に由来する。じゅうぶんに育ったところで伐採し、炭を作り、それを暖房や煮炊きに使う。使う過程で炭素はCO2のカタチで空気中に還る。炭の需要が森の成育ペースを上回れば、何十年、何百年のうちに森は次第に痩せていき、空気中のカーボンが増えていくだろう。そうでなく、人が炭を燃やすペースと森がその材料を供給するペースが釣り合っている限り、トータルで見て空気中のカーボンは増えもしないし減りもしない(暖房や煮炊きのぶんに限った話。呼吸のぶんまで入れるとどうなるのか、いまのところ理解してない)。とりあえずこれが「カーボンニュートラル」のモデルだ。

しかし木炭は発電には向かない。ならばサトウキビ、もしくはトウモロコシを大規模に栽培してはどうか。サトウキビは成育の過程で光合成により空気中の二酸化炭素を取り込む。じゅうぶんに育ったところで収穫し、それを原料にエタノールを作る。そのエタノールを発電に使う。これが流行のバイオエタノール。「サトウキビが成長の過程で空気中から吸収する二酸化炭素」と「発電および電気消費の過程で空気中に放出される二酸化炭素」の量が釣り合えば、それがカーボンニュートラルだ、と。

というか、1回だけ釣り合ってもほとんど意味はなく、この「吸収」と「放出」のサイクルを何年にもわたって循環、維持してはじめて「カーボンニュートラル」と呼べるわけだ。1回目に収穫したら次を植え、2回目が育ち切るまでの期間を、1回目のぶんのエタノールでしのぐ必要がある。また、1回目のぶんの「放出」量が、2回目の「吸収」量と釣り合う必要もある。とうぜん、エタノールの精製、輸送、保管に必要なエネルギーもこのサイクル内に収めることが必要だ。

「必要だ」というのはつまり、カーボンニュートラルと「呼ばれるには」「名乗るには」そうなってる必要があるということで、実際にはニュートラルを厳密に達成しなくとも、化石燃料をバンバン燃やすより少しでもマシ(食料問題を考えるとどうか、とか、地下水枯渇の問題はどうだ、とか考えると、そう簡単な話ではないんだろうが、ここではカーボン問題に限って言えばマシ、という限定的な話)であれば、挑戦する価値はあるだろう。ただ、少しでもマシ、というレベルを超えて「カーボンニュートラル」の達成を目指すとしたら、それはとてつもなく高い壁である。現代日本人の平均的生活レベルを維持した上でカーボンニュートラルを達成するなんてことが、できるとはちょっと思えない。いや根拠は単に私の勘だが。「1年間に日本の国土で栽培できるサトウキビで、1年間の日本の電気およびガス需要のすべてを賄う」かつ、「1年間に日本の国土で栽培されるサトウキビが、1年間に日本人が電気およびガスの使用に伴って放出するCO2のすべてを吸収する」なんてことが、果たして可能だろうか。Wikipedia によれば、日本が「国家レベルでのカーボンニュートラル」を達成するためには「国土面積の約7倍にあたる269.7万haが更に必要」だそうだ。

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達成のための具体策としては、省エネ技術 / 低公害車・無公害車の利用 / 再利用ポリエステルの活用 / 海の森や街路樹増植や校庭芝生化などによる緑化 / 太陽、風力発電などの利用、などが挙げられている。

▼省エネやら低公害やらの技術は赤字の縮小には確かに役立つはずだが、カーボンニュートラルの達成のためには根本的に足りない。そこにはエネルギーを「生産する」過程が含まれていないからだ。カーボンニュートラルというのはエネルギーの生産、精製、使用を

生産→収穫→精製→使用
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と輪唱のように繰り返しながら CO2 の収支をトータルでプラスマイナスゼロにすることを指すわけで、いくら CO2 排出量を削ってもゼロにはできない以上、それだけでは絶対にカーボンニュートラルなんてことは達成できない。それに、石原慎太郎がことあるごとに得意げに持ち出す燃料電池自動車というのは、現状でほんとうに環境に優しいのだろうか。私が聞いた風聞では、燃料電池自動車というのは2006年時点で価格が1台数千万円から数億円だそうですよ。しかもだ、「水素を燃料とした燃料電池車は確かに走行時にはCO2を発生しない。しかし燃料である水素は自然界に十分に存在するものではないため、人工的に製造しなければならない」のであり、水素を製造する段階で発生するCO2は「ガソリンや軽油を精製するよりも多い」らしいですよ(それでもガソリンや軽油を燃やすより少なければいいような気もするが)。

▼緑化はどうだろう。「海の森」プロジェクトのホームページにはこういう記述がある。

東京湾に浮かぶ、ゴミと残土で埋め立てられた中央防波堤内側埋立地。この、高さ30メートルにおよぶゴミの山に苗木を植え、美しい森に生まれ変わらせる計画が「海の森」プロジェクトです。苗木は、市民の皆様と民間企業からの募金によって調達・植樹します。
この埋立地は、昭和48年から昭和62年にかけて1,230万トンのゴミによって造成し、リサイクル土や建設発生土などで表面に層を形成しています。
面積は、約88ヘクタール(日比谷公園の約5.5倍)。
スダジイ、タブノキ、エノキ等の苗木を48万本植樹する計画です。海から都心に向かう風の道の起点になるとともに、CO2を吸収して、地球温暖化を防ぎます。

たしかに植物は光合成によってCO2を吸収する。しかし植物はいつかは朽ちる。朽ちれば、成長過程で取り込んだCO2を放出する。つまり、長期的に見ればいくら植物が増えても(数十万年から数千万年をかけて化石燃料となるぶんを除けば)大気中のC02は減らない。ただ、放っておけば単に空気中に還っていくCO2を、人間が精製して集中的に効率的に燃やせば、単に還って行くのでなく、その放出過程で電気を取り出すことができる。カーボンニュートラルというのは私の理解ではそういうことだ。いくら緑を増やしたってそれをエネルギー源にするわけでなく、必要な電力は石油で調達しますというのでは、どう考えてもカーボンニュートラルを名乗る資格はないだろう。まして「ニュートラルを超えてマイナス」か。まあ、なにぶん Wikipediaを1ページ読んだだけという分際なので、私も自分の見解に特に自信はないが。

▼太陽、風力発電はどうだろう。東京都の電力需要を、都内の太陽または風力発電設備のみで100%(設備の建設、維持、太陽電池をはじめ各種機材の製造加工運搬のコストまで含めてトータルで)まかなうことができるとしたら、とりあえずは(実際にそんなことになったら温暖化ガス問題とは別の意味で気候に深刻な影響が出そうな気もするんだがそれをさて置けば)夢のような話で、それならたしかに「カーボンニュートラル」と呼べるのかも知れない。でもまあ、実現するとはちょっと思えない。詳しくは知らないけど。我々無垢な素人は太陽電池とか風力発電とか聞くだけで何か根本的なクリーンエネルギーでもあるかのように過剰な幻想を抱きがちだが、10年後までに太陽発電所をどことどこに何基設置するつもりなのか、それに必要なソーラーパネルはどれほどの量で、それだけの半導体シリコンの生産にどれほどの電力が必要なのか、風力発電塔をどことどこに何本設置するつもりなのか、それで何キロワットの発電が可能なのか、それらの初期コストはどれほどでランニングコストはどれほどなのか、エコキュートとかエネファームとかは10年後にどの程度普及してるという算段なのか(エコキュートやエネファームがどういうものかはよく知らずに書いてます)、具体的な試算があるなら教えて欲しいものだ。そもそも太陽、風力より原子力の方が非・化石燃料の候補として現実的なような気がする(「原子力発電がエコである」とか主張したいわけではない。原子力発電の環境負荷は計り知れない)が、石原慎太郎の傍若無人を以てしても、さすがに東京都内に原子力発電所を造ると宣言する勇気はないということなのだろうか。

▼もうひとつ、「CO2排出権との相殺」というヤツがあるはずだ。「CO2排出権」を、発展途上国から、金で買うというような話が。これをどう考えるべきかについて、まだ私には定見はない。

▼というか、「カーボンマイナス東京10年プロジェクトの目標 ⇒ 2020年までに、東京の温暖化ガス排出量を2000年比で25%削減 」だなんて書いてるのを見ると、もしかするとこの連中は「CO2の排出量を減らすこと」イコール「カーボンマイナス」と考えているのかも知れない。だとしたらアホとしか言いようがない。だとしたら「世界初のカーボンマイナスオリンピック」というのはどういう意味なんだろうか。

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以上を簡単に要約すると、10年後に東京をカーボンニュートラル都市に、なんて公約はとても信用できん、ましてマイナスだなんてあり得ねー、ということです。だいたい石原慎太郎は2007年の時点で五輪招致の意義を「五輪が決まれば国が動かざるをえない。東京の欠点は交通渋滞。五輪を引き金に東京の暮らしがよくなる」と語ってた男ですよ。環境重視なんて後付けとしか思えないではないか。(続く)

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森や街路樹や校庭の芝生化にCO2の増加を抑える効果があるのかどうかについては、下記「酒と蘊蓄の日々/似非エコロジーを公共事業に利用する東京都」という記事がたいそう勉強になりました。

・酒と蘊蓄の日々 似非エコロジーを公共事業に利用する東京都 (その1)
・酒と蘊蓄の日々 似非エコロジーを公共事業に利用する東京都 (その2)
・燃料電池車の時代は当分来ない:日経ビジネスオンライン
・都市環境プランナーの処方箋
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by nobiox | 2009-10-11 21:00 | ├自分用メモ | Comments(0) |
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